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「礼緒菜……」
紫貴が礼緒菜の名前を呼んで抱きしめる。礼緒菜が泣きじゃくりながら悔しそうに言う。
「悔しい…何もできなかった…
そばにいたのに……」
抱きしめられたままでいると、徐々に泣き止んでくる
「…ごめん。やっぱり、聞かなかったことにして。誰も巻き込みたくない」
「大丈夫だろ。もう一人巻き込むし」
黒埼がクスクス笑ってそう言う。
「ああ、あの人な」
紫貴がそう言いながら、礼緒菜をそっと離す。
「そうそう、あの人」
検事ふたりの言う『あの人』とは、いつの間にか呑み仲間になった捜査部所属の先輩検事だ。彼の個人的な知人に警察官がいる。切り札になればいいけれど。
「ダメよ、忘れて!
これ以上の犠牲者は望まないから。私一人で続ける」
礼緒菜が紫貴のPCに手を伸ばした。
礼緒菜の近くの黒埼がそれを阻止する。
「無理」
「大丈夫だから。礼緒菜に何かあったら、俺が困る」
紫貴が優しい瞳で礼緒菜を見つめる。
「私は…もう、誰かが危険な目に遭うのは嫌なの。それが紫貴でも、そうでなくても」
「俺たちが……信じられない?」
「そうじゃない…怖いのよ」
「大丈夫だよ。仕事の合間に調べるから、葛城さんの案件とは気づき難いはずだから」
紫貴の仕事は、刑事部の公判部らしく公判……裁判所がメインだ。
「当事者……被疑者以外はな」
黒埼がにっ、と笑って言う。捜査部なので、いろいろと融通がきく。
「どっちみち、礼緒菜が関係した案件扱うんだしさ」
「確かに。今回も第一発見者だな」
クスクス笑いながら黒埼が言い続ける。
「的場(まとば)さんの案件じゃ、何回か面談する確率あるから、な?」
的場の案件とは、つい先日、礼緒菜が目撃した轢死事件の事だ。
「……ごめん……ごめんなさい」
「大丈夫……大丈夫だよ」
紫貴が優しく礼緒菜の背中を叩く。
「任せろ」
「ありがとう。宜しくお願い致します」
礼緒菜がぺこりとお辞儀をした。
「うん」
「よろしく」
「紫貴、隠しててごめん」
「俺を守りたかったとか?」
紫貴が返事をする代わりにおどけてみせる。
「うぬぼれ」
黒埼がそれを見て笑う。
「それもある。それに、心配かけたくなかったし……」
礼緒菜が真面目に答えた。
「あったんかいっ!」
「そっか」
黒埼の突っ込みは見事に無視される。
「うん。結局、行き詰まって頼っちゃったけど」
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