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「じゃ、坊(ぼ)っちゃん」
黒埼がくすくす笑いながら言い直せば。紫貴がくっく、と笑う。
「……坊っちゃん」
ガーン、と言う音が聞こえそうな礼緒菜の顔。
「ちょ……、紫貴も笑う所じゃないでしょ?」
礼緒菜が紫貴の方を向いて泣きそうな顔になる。
紫貴が笑いながら、ふと部屋の時計を見る。
「もうこんな時間か」
紫貴に釣られるように時計を見る礼緒菜。
「うわっ、ヤバイ」
「どうした?」
そう言いながら、黒埼も時計を見る。時刻は、そろそろ正午になりかかっていた。
「そろそろ外出予定時間なんです。」
黒埼にそう説明しながら、ぱぱっと外出の支度をする紫貴。
「礼緒菜、ごめんな?」
「お互い、人相手の仕事だもんね。時間厳守だよね。行ってらっしゃい」
紫貴に向かい、礼緒菜が頭を軽く横に振りそう言えば。
「行ってきます」
そう言うと、紫貴が鞄(かばん)を持って部屋を出て行った。先に出ている事務官と合流するのだろう。
基本的に検事――検察官――は、検察事務官とコンビを組んで一緒に行動する事が多いのだ。
礼緒菜と一緒に紫貴を見送った黒埼が、礼緒菜の方を向いて声を掛ける。
「それはいいが……おでこは大丈夫かな?」
「おでこ……腫(は)れてきた気がします」
「だな、赤い。氷、替えてこよう」
黒埼が言いながら片手を差し出す。
「……ロビーで待っててくれるかな」
氷を受け取る筈(はず)の手が、礼緒菜に軽く掴(つか)まった。
「本当にすみません」
礼緒菜が、黒埼の手を掴んだまま、ぺこりとお辞儀をする。
「……ホント、楽しませてくれる」
くっく、と笑いながら、掴んだ礼緒菜の手を、掴まれた手と逆の手でポンポンと叩きながら言う。
「氷の袋は? 水に変わってないか?」
「すっかり、お水になってます……腫れる位だから、熱を持ってるのかな」
礼緒菜が苦笑する。
「だから、替えてこよう、と言ったのに……これは、水の入った袋かな?」
黒埼が掴まれた手を上に上げる。
「はっ! つい条件反射で」
礼緒菜が慌てて水の入った袋を差し出す。……掴んだ手はそのままで。
黒埼が掴まれてない手で袋を受け取る。
「…………いい加減放せ」
うんざりした黒埼の声に
「ごめんなさい」
謝ってはいるが、一向に放さない礼緒菜。
「だから、放せ」
黒埼の低い声に、礼緒菜が慌てて手を放した。
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