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いつもと同じように沈んでいく夕日が今日だけ物憂げに沈んでいく、そんな日がある。
日曜日、三連休の月曜日、GWの最終日。楽しかった時間が長いほど、惜しむように消えていく黄昏がそこにはある。
八月三十一日の太陽は、それはそれは悲しそうに落ちて行こうとしていた。
「夏休みも終わっちゃったなぁ」
最後まで残っていた数学の難問とのにらめっこを終えて、僕は屋根の陰に消えていく太陽に呟いた。結局最終ページは見事に真っ赤に染まってしまったが、数学が苦手な僕にはしょうがない。
落ちようとしているとはいえ、まだまだ三十一日は五時間ほど残っている。
「こんなに早く終わるなら昼間は遊んでても良かったかな」
暑い時間に頑張る必要もなかった。僕は疲れた体をベッドに投げ出して、枕元に置いてあるハードカバーの冒険小説に手を伸ばした。表紙には剣を携えた幼さの残る少年の姿が描かれている。
明日返さなきゃいけない夏季長期貸出のものなんだけど、宿題に追われてまだエピローグを迎えていない。
「僕にはこんな冒険は絶対に出来ないなぁ」
力も無ければ、機会もない。
得ず、能わず、可からず。
嫌になるほど見た古典の使い分けが頭の中で回り始める。
僕にはこうして部屋の中で活字に向かうのが向いているのだし。
途中に挟まれた違う出版社のしおりを頼りに本を開いて、僕は勇気ある少年の旅を見守る。
苦難の連続、寄せる後悔、拭えない不安。
それでも彼らはただ前に進み続ける。でもそれはとても難しいようでとても簡単だ。彼らには成功が約束されているから。最後の最後を決める本の世界の神様が味方についているから。冒険を成功させたいという主人公の思いを誰よりも共有しているのは他ならぬ著者本人なのだ。
「僕にはそれがない」
当たり前のことで、この世の誰も持っていないもの。普段なら自嘲気味に笑い飛ばすそんな空想に少しだけ苛まれたのは、きっとあの寂しげな太陽に当てられたから。
そんなことを思いながら、僕の眼前ではドラゴンが角を折られて逃げて行った。幸せなエピローグが流れて少年の人生の一幕が終焉を迎える。きっと彼の世界は続いていくのだろうが、本を介してしかその姿を見ることができない僕には彼がどうなるのかは知ることが出来ない。
僕は決して交わることのない架空の存在を意識しながら、厚い装丁の裏表紙を閉じる。
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