第1章

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 いつの間にか寂しそうだった太陽は地球の向こう側に消えていて、月がうっすらと微笑んでいる。  明日はいつもより楽しい日になるかな? 僕はそんなことを思いながら、おいしそうな夕飯の匂いに誘われて階段をゆっくりと降りていった。 「おはよう」 「久しぶり?、宿題終わった?」 「今から答え写せばなんとかなるよ」  廊下で、教室で、昇降口で。  そんな会話が聞こえてくる今日は、九月一日。  学生が一年の間で最も嫌いな日かもしれない。  とはいえ、僕にとっては他の一日と何も変わらないただの一日。むしろ会えなかった友達に会える分だけ少し楽しみな一日かもしれない。 「おはよ、ナナちゃん」 「ナナ、久しぶりだな」 「今日も俺に大天使ナナ様のご加護を」  こんなあいさつばかりじゃなければもっと楽しい一日なのに。  五行七海。それが僕の名前だ。  七つの海を渡るような大きな男になって欲しい、と旅行好きの両親がつけてくれた。ちょっと女の子みたいだけど嫌いじゃないと思ってる。  それより問題なのは僕に見た目の方だった。  身長はクラスどころか校内でも男子ワーストに名を連ねる一六〇センチ弱。高校生になっても一向に変わる気配のないソプラノボイス。ゆるゆるふわふわとウェーブのかかった一〇〇パーセント天然のくせっ毛は、切るとクラスじゅうから怒られるので、高校からはボブカットでキープしている。  要するに女の子にしか見えない。名は体を表すなんて言うけど、立派な語源には少しも近付けないまま過ごしてきたのだ。  ついたあだ名は「ナナ」。  席が廊下側の一番前だから教室に誰かが入ってくるたびに声をかけられ、いつの間にかクラスから学年に、学年から校内中に飛び火して、今では先輩も先生も僕のことをナナと呼ぶ。  二年生に上がった時は、せめて後輩には伝わらないように願っていたけど、最初の委員会の時点でもう知れ渡っていた。 「いったい僕は高校生活をどこで間違えちゃったんだろ?」  何か運動系の部活でも入ってればよかったかな? それともバイトとかやってみればよかった?  う?ん、でも毎日は楽しいし、友達もたくさん出来たし、困るようなこともそんなにないんだけどな。じゃあ、失敗してないのかな?  頬杖をついて首をかしげている僕を誰かが覗き込む。制汗剤のミントの香りがした。 「朝から何を哲学してんだよ、七海?」
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