第1章

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 たかだかじゃんけんなのに、と僕は思うんだけど、なぜだかいつも高度な情報戦が繰り広げられている。  先月の担当は連続でなれない決まりになっているから、毎度司会進行役。今日はいつも以上にテンションが上がってるのは、休みの元気そのままなのか、それともやる気を出すための空元気なのか。  その輪の中にいつもと違う風景を見つけた。クラスのほぼ全員が参加するこのじゃんけん大会を普通なら傍観している人間。一人は僕自身。もう一人は先月の担当者。そして最後に、このクラスで唯一図書委員に強い関心を持たない人物。 「なずなが参加してる」  見慣れたあの姿をたとえ人混みに紛れた後姿でも見間違えることなんて絶対にない。香取なずなは僕の幼馴染だ。家が近所で幼稚園に入る前からの腐れ縁。陸上部の長距離ランナーで夏でも冬でも小麦色に焼けた肌と、太陽で傷んで色素が抜けたダークブラウンの髪を上下二つに纏めたツインポニーテールが特徴の暴れ馬だ。そんなこと、本人に言ったらなんて言われたものかわかったものじゃないけど。  未だに追い抜けないくらいの身長と先陣を切ってみんなを引っ張るリーダーシップでいつもクラスの中心にいるようなタイプだ。教室の端で本を読むのが幸せな僕とはちょうど対極的。そんな彼女が今になって急に図書委員になりたがる理由を僕は思いつけなかった。  歓喜と悲哀の叫びに彩られながら滞りなく大会は進み、いよいよ決勝戦。これから何をするのか一瞬考えてしまうような静かな空間に、向かい合った二人の声が響く。 「最初はグー、じゃんけんぽん!」  片方は全てを包み込む紙の象徴、もう片方は全てを切り裂く鋏の象徴。 「よっしゃあ!」  今日の相棒が決まったみたい。 「今月の図書委員は俺に決まったから、よろしくな、七海」 「今月は塔馬くんか、よろしく」  勝利した親友の腕を軽く叩く。今月は平和に生きられそうかな。  ふと思い出して、僕は負けたしまったなずなの姿を探す。自分の席に早々に戻った彼女はこちらの視線に気づいてちょっと不満そうな顔で僕を見た。 (珍しいね、どうしたの?) (別にただの気まぐれよ)  アイコンタクトで話してみるけど、その本心は掴みきれない。なずなが気まぐれであんなことをするとは僕にはなかなか思えなかったのだ。 「おい、七海。委員会この後だろ? 早く行こうぜ」 「あ、ごめん。すぐ行くよ」
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