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ゾンビの朝は早い。
それは人間との共同生活が初まってからも、変わることのない習慣だった。
まだ空も薄暗い早朝。
僕の一日はニアを起こすことから始まる。
「おはよう、ニア。朝だよ」
「ん~……」
僕が身体を揺り動かしても、彼女は毛布に包まったまま、目を開けようとはしなかった。
人間とは酷く寝起きの悪い生物らしく、意識が覚醒した後も、起き上がるまでにしばらく時間が掛かるようだ。
「呑気に寝ていて、ゾンビに襲われたらどうするのさ」
これが犬猫など他の生物ならば致命的な弱点になりそうなものだ。
もっとも無防備である睡眠時の状態をいつまでも晒しているなど、ゾンビに食べてくれと言っているようなものだと思う。
しかしそんな僕の心配とは裏腹に、ニアは何とも気持ち良さそうな表情で目を閉じている。
はだけた毛布の隙間から、彼女の白い肌と金色の髪が覗いていた。
呼吸に合わせて小さく上下する胸。
微かに汗を浮かべた身体は、水滴を滴らせた果実のよう。
生物の瑞々しさを余すことなくさらけ出すニアの姿は、捕食対象としてはこれ以上になく魅力的だった。
思わず息を飲む。
彼女の柔肌に歯を立てたいと衝動に駆られた。
もちろん、そんな邪念はすぐに振り払い、僕はニアを起こす作業に集中した。
「出発が遅れると、それだけ移動時間が短くなってしまう。早く起きた方が良いよ」
「分かってるよ~……」
「分かっているなら目を開ける。身体を起こす。服を着る」
「は~い……」
半ば無理やりに彼女を置き上がらせる。
「シャワー浴びたいな。雨でも降ってくれないかな」
「この天気じゃしばらくは無理だろうね。そのうち川を見つけられるかもしれないから、それまでの辛抱だ」
「何日も身体を洗っていないから臭くなっちゃう」
「心配しなくても僕よりずっと良い匂いだ」
人間とはかように手のかかる生物なのか。
旅を初めて数日。
早くも僕は自分の決断を後悔しつつあった。
「そんな調子で、よく今まで生き延びられたものだ」
「不思議とゾンビに寝込みを襲われた記憶がほとんどないのだよね。だから安心して眠れるの。これが吸血鬼やエイリアンだったら、そうもいかないのだろうけど」
ニアの理屈はさっぱり分からなかったが、とにかく人間にとって今の環境は安眠の妨げにはならないようだった。
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