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かつてこの世界を支配していた人間たちは、今はもう一人もいない。
その面影を残しているのは、僕らが住む街の廃墟だけだった。
瓦礫と化した民家の跡地と、未だ原型を留めているコンクリート製のビル。それらの多くはゾンビの住処として今でも利用されている。
部屋の熱気に当てられた身体が、アスファルトの地面を冷たく感じさせる。
ひび割れの隙間から生えた枯草が、時折、僕の足をくすぐった。
まだ日も登らない時間帯。外を出歩いているゾンビは僕らだけのようだ。
ゾンビも夜は屋根のある場所で眠っているのだ。
しかし動くものの気配がないかと言えば、そういうわけでもなく。
「グールだ」
僕たちの前を横切るように、グールの群れが、のそのそと通り過ぎて行った。
グールは、ゾンビの熟れの果てのようなもの。
身体の腐敗が進み、脳が機能しなくなった状態の個体を、僕らはグールと呼んでいる。
彼らには理性がなく、食べ物を求めて街中を昼夜彷徨い続けている。思考能力が失われ、生物を捕食するという本能だけで動いている状態なのだ。
生物以外は襲わないため、基本的に僕らとっては無害な存在だった。
「ほんと最近、増えてきたなー。この辺りも、もうダメかもしれん」
しかし直接危害を加えてこなくとも、彼らもゾンビと同じで生物しか食べない。
グールの数が増えれば、それだけゾンビの食糧となる生物が減ってしまう。
ゾンビにとって食糧不足は今や深刻な問題なのだ。
「でも、あいつら揃って一方向に歩いて行きますよ。後をつければ、食べ物が見つかるんじゃないですかね?」
「いや、あれは当てずっぽうに歩いているだけだ。先頭の奴が動くと、残りの連中もそっちについて行くんだ。あいつらどいうわけか群れる習性があるから」
「ふと思ったのですけど、先頭の奴を川に放り込んだら、残りの連中も連なって川に飛び込んだりするのですかね?」
「スズキて、たまに俺でもドン引きするようなこと言う時あるよな」
コーポさんにそんな風に言われるのは心外なので、話題を変えた。
「それよりコーポさん、腐敗の具合は大丈夫ですか?」
「普段から身体には気をつけているからな。日々これ健康だぜ」
コーポさんがゾンビとは思えない日焼けした腕を見せて、ニカリと笑う。
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