1.朽ちた世界

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「人間として正しいことをしたニアを、どうして恨まなければいけない?」  ニアの言いたい事は何となくだが理解出来る。  生物にとって死はとても辛く、悲しいものなのだ。彼女はコーポさんを消したことを、僕に謝罪したいのだろう。  でも理屈としては理解出来ても、感覚的にはまったくピンと来ない。  正直、コーポさんが消えたことに特別な感情など湧かなかった。  そもそも僕は、これまで食べた生物の数だけ死を見ている。無論、食べるたびに悲しみを覚えたりなどしない。  その死がひとつ増えただけだ。悲しむ必要があるとは思えない。  でも、それはきっと人間の価値観とは違うのだろう。  人間はとても美しい。美しいものは繊細なのだ。  繊細な人間が、ゾンビよりずっと複雑な感情を持っているのは想像出来る。だからこそ彼女もあんな真剣に土を掘っているのだ。 「僕も何か手伝った方が良いかな」 「うぅん、これは私がやらなければいけないこと。スズキはお友達に祈りを捧げてあげて」 「祈りを捧げる?」 「両手を胸の前で組むの」  僕は言われた通り、作業が終わるまでの間、ずっと両手を重ねつづけた。  儀式の意味は分からないけれど、きっと人間にとって必要なものなのだろう。  コーポさんを埋め終えた頃には、すっかり日も暮れてしまった。  もう帰るには遅すぎる時間だ。  いや、もはや帰る必要もないのかもしれない。 「暗くなっちゃった」 「うん」  結局、大した収穫は得られなかった。  唯一手に入ったのは、コーポさんが残してくれた鳩が一羽。まだ死んで時間も経っていないので、今日のうちなら食べられるだろう。  その後は自力でどうにかするしかない。  今までのようにコーポさんに頼るわけにいかないのだ。 「スズキはこれからどうするの?」 「分からない。とりあえずここに留まって、食べられそうなものを探すつもり」 「そう……だったらさ、私の家に来ない?」  ニアが半ば無理やりに僕の手を引いた。 「一応、助けてもらった礼をしなくちゃいけないから。スズキはゾンビだけど、私を殺す気はないみたいだし。少し話がしたい気分なの」 「いや、ちょっと待って」  そう言いつつも、僕は彼女に抵抗しなかった。        ●          ●          ●
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