コウスケ 終結

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それでもやっぱり返事はない。         「ねぇ。いつからだろうな」 長椅子の背もたれに背をあずけて天井を見つめる。 「しずくの事が思い出せなくなったのは」 やっぱり返事はない。 しずくが死んで、しばらくはしずくの声はいつでも聞くことができて思い出すことができた。 しずくが言いそうなこと、その言葉の全てが想像できた。 目の前にしずくを描けば目の前にその像を思い描くことができた。 今では。 しずくの顔をはっきりと思い出すことができない。 写真を見ればしずくの顔を思い出すことはできる。 でもそれはどこか空虚で、まるでテレビの中にいるような、まるで実感のわかない映像だった。         「時間っていうのは残酷だね」 そう言って、苦笑する。 「それも言い訳か」 きっと僕はそういう人間なのだろう。 どれだけ大切に思った人のことも。 結局は忘れてしまう。 忘れることができてしまう。 「こんな僕を見たらしずくは本当になんていうんだろうな」 やはり返事はない。 僕は椅子から立ち上がって正面入口に向かう。 人と人のつながりは思い出で。記憶で。思い出つながっている。 その全てを忘れてしまう。忘れることができてしまう僕は終わっているのだろう。 終わらせ続けているのだろう。 人の数だけ物語があり。人の数だけ繋がりがある。 繋がりの数だけ世界があって。 世界の数だけ人がいる。 でも、その全てが僕のところで終わってしまう。次に続かない。 だから、僕の物語はここで終わりだ。 僕の世界はここで終わりだ。 僕はいつでも傍観者だった。 いつも外から見ているだけだった。 人生という物語の中心にいるのに。どこか、他人事めいていた。 だから、僕が僕の事を語るのをやめれば。 僕の存在はそこで終わるだろう。 それでいい。 悪くない。 人は一人でも生きられる。 悪いことじゃない。 正面玄関の自動ドアが開く。 太陽が僕を照らし付ける。 「先輩は馬鹿ですか」 ふと声が聞こえた気がした。 確かに馬鹿かもな。 そう呟いて僕は苦笑しながら街中へ戻る。 群衆の中へ。 埋もれるように。
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