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しかし俺の思惑を裏切るように女はまっすぐこちらに向かってくる。
完全に視線の先に俺たちをとらえているのは明らかだった。
女は俺たちの目の前で立ち止まった。
ゆっくりと二人を見比べた後、視線がこちらに止まった。
そして顔に笑顔が浮かんだ。
「やっぱり。孝介くんでしょ」
なぜ名前を知っているんだ。曖昧に笑うしかできない。
「懐かしいなぁ」
感慨にふけるように言う女をただ見ているしかできない。
「あれ。もしかして分かってない?私だよ。亜希子だよ」
自分の顔を指差して言う。
「そっかー。分かんないか。久しぶりだもんね。実は私もちょっと自信なかったんだよね。なかなか話しかける勇気なくてさ。違う人だったら恥ずかしいじゃん」
快活に笑う。だからこちらを何度も気にして見ていたのかと納得がいった。
「直哉が待ち合わせの場所をしっかり教えてくれなかったからさ。電話にはでないし、メルアドも知らないから途方にくれてたら孝介みたいな人がいたから話しかけてみたんだ」
話し方や雰囲気は確かに亜希子を彷彿とさせる。
「まぁ、あんまり変わってないかもな俺」
「そうだね。なんか孝介はそのまま大きくなったみたい。いい意味でだよ」
それは違う。俺はあのころみたいには笑えない。
あの頃は、なんでもできる気がしていた。努力すれば叶わない事はないと素直に思えた。
いつからだろう。挫折を知ったのは。
努力しても届かないことがあると思い知ったのは。
届かなかった時に失うものは大きいと知ったのは。
暗い奴。
自分自身を罵るように自嘲した。
「どうかした?」
不思議そうに覗きこんでくる亜希子に慌てて首を振った。
顔が近い。
体が緊張してしまう。
「やっぱり。孝介と亜希子だ」
亜希子の背後から声がして男女の二人組が手を振っていた。
さきほどベンチに座っていた人達だ。
「宏樹と綾だ」
亜希子が二人を指さした。宏樹が笑い綾が頭を下げた。
「久しぶり! やっぱり皆もう来てたんだ。あとは直哉の奴だけだね」
あー。それはあれだ。もしかして。俺は急に静かになっていた後ろを振り返った。
宏樹は笑いを堪えているようだった。
気まずそうに苦笑を浮かべているのはちりちりパーマの男だった。
「返事ぐらいしてやったらどうだ。直哉」
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