孝介

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水道で手を洗ってなんとなく直哉を待つ。洗面器の横にある窓から外の様子がうかがえた。辺りは暗くなり始めているらしい。 直哉が手を洗った所でトイレを出た。 さきほどここにやって来た時と同じように狭い通路に何人かの人間が集まっていて狭い事この上ない。 しかし、先ほどと違う所があった。通路にたむろしている男たちの向こう側、フロア側の方に数人の女性が立っている。 男たちはその女性たちになにやら話しかけている様子だった。 「ねぇ。これから違う店に飲みに行こうよ。奢るからさ」 明らかにナンパだった。それ自体は別に否定するつもりはないが、問題なのはそれを女性たちがどう見ても迷惑そうにしている事だった。 女性たちは何度も断っているようだが執拗に男たちは声をかけ続けている。 「ふむ」 横に立っていた直哉がなにやら頷くと男たちに向かって真っ直ぐに進み始めた。         「君たちは馬鹿なのか」 直球だった。直哉は男たちに指を指して増して見下すように胸を逸らせて言い放った。 突然の事に俺は呆然とするしかない。 「ああぁ」 当然、男たちの中で直哉に一番近かった男が直哉を睨みつける。 それをまったく意に介さず直哉は続ける。 「その人達は困っているだろう。だから執拗に誘うのは止めるべきだろう。そんな事も分からないから馬鹿だと言っている」 零点だった。男たちは迷惑に思われていることなど百も承知なのだ。 しかも、また馬鹿と言いやがった。 思わず頭を抱える。男たち全員の視線が直哉に向けられる。 いや、正確に言うと直哉達だ。つまり俺もその視線の中に含まれている。         「おい。直哉」 俺が話しかけると直哉がこちらを振り返る。何か用か? と顔に書いてある。 用件など一つだった。この状況どうにかできるんだろうな。 自慢じゃないが。俺は殴り合いの喧嘩なんてもう十年はしていない。 俺の気持ちを悟ったのか、にこりと笑って男たちに向き直る。 「今何て言った?」 先頭にいる男が直哉に詰め寄る。 「馬鹿に馬鹿と言ったんだ」 男に視線を合わせながらその後ろに向かって手を振る。女性たちにさっさとどこかへ行けと言っているのだろう。 女性たちは戸惑いながらもその場所から逃げ出していった。
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