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「私って先輩の事嫌いじゃないですか」
突然衝撃的な事をバイト先の後輩に告げられた。
俺は商品を陳列している手を止めてカウンターの向こうで暇そうに立っている後輩に視線を送る。
「衝撃的な告白だね」
「まさか。気が付いていなかったんですか。先輩もしかして鈍感? あ、先輩鈍感って言葉の意味分かりますか?」
「今、はっきりと嫌いなんだなと実感したよ」
俺はため息を吐いて商品の陳列に戻った。
バイト先のコンビニは閑散としていた。
時計を見ると午後五時を回った所だった。
真夏のせいか、まだ日は高い。これだけ熱いのだから客が来てもよさそうなものなのだが、客が来店する様子もない。
このコンビニは大通りから歩行者しか通れない様な路地を入った住宅街の中にある。
しかも、駐車場が無い。車が無いと生活に困る程度の田舎にそれは致命的だと思っている。
このコンビニを流行らせる事をすでに諦めているのか、店長はやる気が無い。
でも、俺にとっては好都合だった。
むしろ、客が少ない事がこのバイトを選んだ理由だと言ってもいい。
「先輩。人の話聞いてますか」
後輩がまだ何か言っているのを無視して商品の陳列を続ける。
「人の話を聞かないとか人としてどうなんですか。常識ってものがないんじゃないですか。そんなんだから彼女できないんですよ」
「彼女ができないのはまったく関係が無い。そもそも常識と言うなら秋穂ちゃんも俺に敬語を使うとかないのかな。
一応俺は年上で、高校の時の先輩でバイトの先輩でもあるんだけど」
「先輩に敬語を使うほどの価値を見いだせないだけです」
秋穂ちゃんの方をもう一度振り返るが彼女はこちらを一切見ておらず暇そうにボールペンで手遊びをしていた。
「暇なんだね」
「見ての通り。先輩いじりぐらいしかやる事が無いんですよ」
「先輩はいじるものじゃない」
「じゃあ、いびり」
「後輩がいじめる」
「後輩にいじめられる先輩っていうのはどうなんですか」
「社会って厳しいな」
「社会が厳しいんじゃなくて先輩が馬鹿なだけです」
「君が厳しいだけだと思う」
会話が途切れて店内が再び静寂に包まれた。
入り口の殺虫灯だけが音を立てていた。
「先輩」
「なんですか?」
「私と恋人になりませんか?」
「は?」
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