コウスケ 終結

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それは悪意でもなく。憎しみでもなく。懇願だったのかもしれない。 だからこそ。 僕は。どうでもよくなってしまった。 僕はこの人を利用しているんだ。 だから。 ひとつぐらいはお願いを聞いてもいいような気がした。 僕はもう。目的を達しているのだから。         引きずるように自分の体を持ち上げる。背中の感覚はすでに麻痺していた。 「薫さん。僕が死んだら貴方は幸せになれますか?」 食道から何かがこみ上げてくる感覚のせいでうまく離せなくなってきている。 小さい声しか出なかった。聞こえなければそれで構わないと思っていたので、特に気にはしない。 しかし、薫さんには聞こえていたらしい。 泣き笑いのような表情を僕に向けて言った。 「幸せですよ」 「そうですか」 それを聞いて僕は立ち上がる。         薫さん以外の人間が怪訝そうに僕を見つめる。亜希子は僕の方をやはり不思議そうに見つめているだけだ。 鉛のように重い体を無理やり動かして手すりを乗り越えた。 綾達が驚いた表情をする。 「ひひっ」 薫さんだけが明確に笑った。 宏樹と直哉が薫さんを手放してこちらにむかって走ってくる。 しかし、間に合わない。 人のために一生懸命になれるって素晴らしいよ。 でも、僕は。 どうでもいい気分なんだ。 未練はない。 屋上の端にたった僕は両手を広げて後ろに体重を預ける。 何もない空間に。全てを預ける。 「それじゃあ。バイバイ」 僕の体は空中に投げ出された。         視界の隅に。 亜希子が立ち上がったのが見えた。         誰よりも僕の一番近くにいた亜希子は全力で僕に手を伸ばした。 その表情ははっきりとは見えなかったけれど。 やっぱりその顔は無表情だった。 ただ、必死に手を伸ばす姿だけが見えた。 しかし、その手は僕に届くことなく。 届ききる事はなく。 服の端を一瞬掴んだものの、亜希子の細腕で僕を支えきれるはずもなく。 僕は落ちていく。 勢い余って手すりにぶつかる亜希子を見て申し訳なくなりながら。 僕の意識は失われた。         「……まさか目が覚めるとはね」 意識を取り戻したとき僕が最初に呟いた言葉はそれだった。         いや、言ったつもりになっていただけなのかもしれない。唇が乾きうまく口が開けない状態だった。
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