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「今、何か言いましたか?」
横から声がして振り向こうとして、体がうまく動かないことに気がつく。
どうやら僕はどこかに寝かされているらしい。
どこかもなにも、状況を思い出せばここが病院なのは間違いがなかった。
視界に見える白い天井。ピンクのカーテン。何よりベットに寝かされている以上それは間違いが無いようだった。
何とか動く首を横に向けると車椅子が見えた。
車椅子に座る少年が見えた。
「春くんか」
それだけ呟くと春君が手馴れた様子でナースコールを押した。応対した看護士に僕の意識が戻ったことを告げると僕に向き直った。
「コウスケさん随分意識を失っていたんですよ。もう意識戻らないかと思ってましたよ」
「そっか。死ななかったのか」
全身がうまく動かない。
「ええ。残念ですか?」
伺うようにこちらを覗き込んでくる。
どうだろう。
別に特別死にたかったわけじゃない。飛び降りておいて言う台詞じゃないのかもしれないけれど。
本当に死にたかったわけじゃないんだ。ただのあてつけだったのかもしれない。
どうでもよかったというのが、本当のところだ。
僕が首をかしげていると春君が苦笑した。そして、それ以上何も言わなかった。
しばらくして、看護士と医者がきて診察と検査が行われた。
全てが終わって医者が出ていく。全治三ヶ月らしい。
飛び降りたわりには軽傷の方なのかもしれない。
診察の間も病室の隅で車椅子に座って文庫本を読んでいた春君は僕が視線を送ると文庫本を閉じてベットの側に近寄ってくる。
「何があったか話してくれますか?」
好奇心を隠そうともせず春君が聞いてくる。
基本的に素直な子なのだ。良い意味でも悪い意味でも。
僕は苦笑した後に口を開く。
「岸田春」
春君の名前を呼ぶ。春君は小さく「はい」と返事をした。
「君がどこまで知っているのか分からないけど。この話は作り話だから。そう思って聞いてほしい」
「……ええ。作り話。僕は好きですよ」
僕は春君に全てを話した。しずくの事。昔の同級生のこと。中田の事。西垣先生の事。薫さんのこと。
かなりの長い時間話し込んでいただろうと思う。昼下がりだった外は夕焼けに滲んでいた。
赤く景色が侵食されている。
全てを聞き終えて、春君が口を開く。
「随分と大変なお話ですね」
そうだなと自分でも思う。
「複雑で怪奇な話です」
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