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そこで一息をついて言った。
「でも珍しくはない」
ゆっくりと顔をむける。
「ありきたりとは言いませんけどね。確かにコウスケさんや皆さん当事者にとっては大変だったのかもしれませんけど。人が死ぬなんてこと珍しくないんですよ」
否定しようとも思わない。事実だからだ。
「寿命で死ぬ人。交通事故で死ぬ人。病気で死ぬ人。毎日何千何万もの人が亡くなっています。言ってしまえば殺人事件だって探せば毎日のように起こっている。その一つ一つの事情を探り背景を知ればそれは一つの大きな物語かもしれません。ドラマかもしれません。でも、それも字面にすればただ人が死んだ。それだけのことです。
だから、コウスケさんの身に起こったそれも。人が二人死んで、佳乃さんが犯人として逮捕された。たったその一文で収められてしまうものでしかないんですよ」
確かにその通りなんだよ。
「自分でも言っていたじゃないですか。人は簡単に死ぬって。その通りなんですよ。僕だって、コウスケさんだって。簡単に死ぬ」
その通りだ。どんなに本人にしてみれば大きな出来事でも他人から聞けば在り来りな話でしかない。映画や小説の方がもっと奇抜な話は転がっている。
僕の身に起こった出来事もどこかで聞いたような話でしかない。
ありきたりな物語。
そう。まとめてしまうこともできる。……まとめて。
しまいたくはないけれど。
「だから、よくできた作り話でしたよ。少しオリジナルティにかけますけどね」
そう言って。春君は笑った。春君を見る。全てを吐き出してしまった僕の話を聞いて、額面通り作り話と言う。
春君が知っている事情もあるだろうに。
何も知らないわけではないだろうに。
それでも作り話と言う。
「春君は不思議な子だな」
「それが売りですから」
言って笑う。
「ちなみに、その作り話の後日談というか関係者がどうなったかっていうのは僕がその先を作ってもいいですか?」
春君が言う。
「ああ、頼むよ」
僕も気になっていたところだ。
「とはいってもそれほど面白い話はありませんけどね」
春君は苦笑しながら続けた。
「中田薫さん。彼女は別段何も変わらず日常に戻りましたよ。コウスケさんを刺したという事実がある以上、傷害罪になるには違いないんですけど。多分、罪には問われないでしょう。だって、コウスケさんは訴えたりしないでしょう?」
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