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確認するようにこちらを伺ってくる。
特に肯定も否定もしない。とはいえもとからそんなつもりはない。
「中田正弘さんが殺されたという恨みはすでになくなっているようです。コウスケさんを刺したこと。それにそのコウスケさんが目の前で飛び降りて瀕死状態になったことで溜飲が下がったんでしょうか。憑き物が落ちたかのように、魂が抜け落ちたかのように生活をしていますよ」
人を刺すという感覚は刺激的だ。命を奪うという事は言葉でいうのとその手で実感するのとでは雲泥の差がある。
僕を刺した彼女はそのことを身をもって知ったのだろう。
人は簡単に人を殺せない。
衝動や怒りに突き動かされない限り。何かに限界に追い込まれない限り。
僕はそう信じている。
人は簡単に死ぬからこそ。簡単に人を殺さない。
「綾さんも日常にもどりました。何事もなかったかのように。戻らざるを得なかったというべきでしょうね。佳乃さんが警察に捕まっている以上。彼女にこれ以上できることはありませんから。ただ日常にもどる。戻って欲しい。それが佳乃さんの望んだことですから。それを無視することはできないでしょう彼女には」
ほっとする。綾はそれでいい。そうして欲しい。
僕の望みも基本は佳乃さんと変わらない。
皆は何事もなかったかのように元の生活に戻って欲しい。そう思っている。
「宏樹さんと若菜さん。あの二人はこれからどうなるんでしょうね。若菜さんは宏樹さんにずっと正体を隠したまま生きてきた。その事に負い目を感じないのでしょうか? 宏樹さんはそんな若菜さんを許せるんでしょうか?」
大丈夫だろうな。
なんとなく思う。あの二人はきっと大丈夫だろう。
若菜と宏樹は子供の頃から好き合っていた。
そして、成長してからも二人は惹かれあった。宏樹は恭子のことを若菜と気がつかないまま好きになった。若菜も恭子として宏樹を好きになった。宏樹と若菜。運命と言いたくなるほどの出来すぎた出会いと縁だ。
あの二人を見ていると運命というものがあるのかもしれないと思ってしまう。
運命なんて信じたくはないけれど。
「直哉さんも元の生活に戻っていますよ。もとからそういう性格の人みたいですし、あの人の目的は自分の友達の生活を守るということでしたから、目的は達成できているわけですしね」
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