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まぁ、直哉のことは心配していない。直哉はそういう人間だからだ。常に失敗することを想定しながら生きている。
期待しないから裏切られない。
希望を持たないから絶望しない。
それが良いか悪いかは僕にはわからないけれど。
そういう生き方は嫌いではなかった。
「結論から言ってしまえば、皆元の生活に戻って何事もなかったかのように生活していますよ。佳乃さんやコウスケさんの思惑通りに」
春君が言う。しかし、僕はそれに素直に頷く気にはなれず首を横に振る。
「僕はそんな大層な事は考えていないさ。佳乃さんが罪をかぶってまで皆の生活を守ってくれたのに、わざわざ引っ掻き回しただけだから」
「謙遜は美徳ですけどね。引っ掻き回したことにも意味はあったんでしょう」
ハル君が苦笑しながら言う。
「佳乃さんが罪をかぶることで皆の社会的地位は守られていたのかもしれない。でも、わだかまりは残っていた。負の連鎖は終わっていなかった。だから、コウスケさんはわざわざ、全員に呼び集めて、あんなことをしたんでしょう?」
僕は答えない。
「自己犠牲愛というやつですか」
春君のその言葉には明確に首を振る。
犠牲になったつもりなんてないからだ。
僕は僕のやりたいことをやっただけだ。
それの結果が良かったのかも悪かったのかもわからない。
春君は僕の様子をしばらくじっと見つめた後、その先の言葉をつながなかった。
数秒の間沈黙が流れる。
その時に、ふと思い出した。
「亜希子さんは? どうなった」
さっきの春君の話の中に亜希子の名前だけがなかったことに今気がついたからだ。
「亜希子さんも以前と特に変わったことはありませんよ。やっぱり最近のことは記憶できていないみたいですし、一種のショック状態のようなものからは立ち直ったみたいですけど。まだ、この病院に入院していますよ。なんなら会いに行ってみればいいんじゃないですか」
その言葉に一瞬逡巡するが、会いに行こうと思った。
今回、一番巻き込んだと言っても過言ではないからだ。様子を見ておきたいというのは本音だった。
春君に部屋番号を確認して、ベットからゆっくりと体を起こす。
体のあちこちが痛んだ。ゆっくりとした動作でべっとから体をおろす。幸いなのか悪運なのか、骨折はしていなかったので痛みを我慢すれば歩くことはできそうだった。
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