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「この日記。私が書いたっていうこの日記は黒田しずくっていう人と出会ったところでおわっているんですよ。そして、すごく……物騒な会話をしているんです」
事実だった。僕も読んだから覚えている。「黒田しずく」を名乗った佳乃さんと出会ったところで終わっているはずだ。
「どう好意的に解釈しても、私とこの黒田さんの会話は中田さんに復讐しようとしているとしか思えないんです。もしかして、私は。中田さんを……」
最後の方は声が震えて聞こえなかった。
でも、言いたいことは分かった。
その言葉の最後も。
どうしてこんな質問をしているのかも。
だから。
僕は。
「中田はお亡くなりになりました」
病室のカーテンが風で揺れて音を立てる。亜希子の体が硬直するのが雰囲気でわかった。
「でも」
言葉を続ける。
「中田さんが亡くなったのは亜希子さんのせいじゃないですよ。貴方はそのことには関係がない」
「本当ですか?」
「本当ですよ」
僕は即答する。
「貴方はその誘いを断ったんですから」
「……本当ですか?」
もう一度聞いてくる。
「でなければ、今あなたがこの病院にいられるわけがない」
人を。中田を殺しているのなら病院のベットで悠長に眠っていられるわけがないからだ。
佳乃さんが身代わりにでもなっていない限り。
僕の言葉で察したのかその後、返事は返ってこなかった。
僕は横目で亜希子を確認する。
亜希子は黙ったままじっとノートを見つめていた。
僕はもう視線すら振り返ることをせず病室を出て扉を閉める。
数メートル先に車椅子に座った春君がこちらを眺めていた。
「どうでした?」
その表情に他意はなく。その言葉にも他意はなかった。
「あの日記を渡したのは春君だな?」
ただ、直感的に思った。亜希子の日記を亜希子に渡したのが春君でなければ、春君が今、この時この場所にいるはずがないと思ったからだ。
「そうですよ? 亜希子さんの日記を亜希子さんに返してあげただけです」
それがどう言う意味を持つのか分かっているはずだ。
「どうして渡したんだって聞かないんですか?」
春君が試すように聞く。
「別に聞かないよ。それに今、君が言った通りだ。亜希子の日記なんだから亜希子に返すのを僕が止める権利はない」
「でも、理由はあるでしょう?」
確かに理由はある。亜希子に記憶を取り戻して欲しくない。
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