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それが僕の願いだからだ。
特に。あの二日間の記憶。中田と西垣が死んだあの二日間の記憶を取り戻して欲しくないと思っている。
「そうだな。でも、同じことだよ」
亜希子は記憶を取り戻してはいない。それだけで充分だった。
それにあの日記にはあの二日間の事は書かれていないのだから。
背中を風がそっと撫でた。
僕の表情を見て春君がつぶやく。
「嘘つきましたね」
本当に察しのいい子だ。
「そうだな」
「どうして本当のことを言ってあげないんですか?」
「必要がないから」
「どうして。佳乃さんのためですか?」
どうだろう。そうであるような気もするし、違うような気もする。
「それが亜希子さんのためになるとでも思っているんですか? そんなのは偽善でしかないですよ」
春君の表情からその真意は読み取れなかった。それほど、春君の表情はあいまいだった。どんな表情をしているのかと聞かれても答えられない。目の前にその表情があるのに、それを表現することができない。
そんな顔だった。
「偽善でいいんだよ」
僕は言う。ハル君が今度はわかりやすく怪訝な顔をした。
「どういうことですか?」
「もういいんだ。亜希子には記憶を取り戻してほしくないんだよ」
ハル君の顔が険しくなる。ころころと表情が変わる。ハル君がこんなに感情をわかりやすく表現しているのは意外だった。
「亜希子さんが人を殺したことを許すっていうんですか?」
がたりと背後から音が聞こえる。
「ああ。いいんだ」
「人殺しですよ。中田と同じ人間ということだ。それでもあなたは許せるっていうんですか?」
「ああ。許せるよ」
はっきりと言ってやる。
「中田がしずくさんを殺したことに大した意味はなかったかもしれない。その点では亜希子さんが中田を殺したのとは違うかもしれない。でも、人殺しという点では同じです。中田は許せないのに、亜希子さんは許すっていうんですか?」
しずくの名前を聞いて胸が痛む。
「先輩」
そう呼んでいる姿が一瞬ちらついた。でも、ゆっくりと首を振ってその記憶をかき消す。
「そうだよ。中田は許せないけれど。亜希子は許すんだ」
「どうして!」
「簡単なことだよ」
僕は微笑むように言う。
「亜希子の事が大切だからだ」
「大切な友達だからだ」
「そんなの! ただの感情論じゃないですか!」
ハル君が叫ぶ。
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