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「そうだよ」
「ただの感情論だよ。それのどこが悪いのかな?」
「あなたはそれでもいいかもしれない。でも中田の身内はそうは思わないでしょう。あなたが中田を許せないように。亜希子を許せない人だっているはずだ」
「だから」
「黙っててくれよ」
僕はそうハル君にお願いした。
「僕がそんな提案を受け入れるとでも思うんですか?」
「思うよ。君はそういう子だから」
春君が黙って顔を俯ける。図星だったのだろう。春君は別に僕を糾弾しに来たわけではないのだ。
ただ、僕がどういう反応をするのか。どういう行動をするのか。どういう感情を抱くのか。
ただそれを見に来ただけなのだから。
「そうですか。安心してもいいですよ。僕は誰にも言いませんから。……ただ、残念です」
春君はがっかりしたように肩を落として言った。
器用に車いすを反転させると僕に背を向ける。
そして、手を挙げて言った。
「僕は言ってませんから。後ろの人によろしく」
手を挙げたまま車いすがわずかな音を立てて移動していく。
僕はそっと後ろを振り返る。
先ほどまで完全に閉まっていた病室の扉がわずかに開いていた。
病室の扉をゆっくりと開ける。扉の前には誰もいなかった。
ベットの上には変わらず亜希子が窓の外を眺めていた。
「どうしたんですか?」
と何事もなかったかのように亜希子が僕に話しかけてくる。
でも、声が震えていた。
ベットのシーツと布団が乱れていた。
スリッパもベットの下にちらばっていた。
慌ててベットに戻ったのがひと目で分かる状態だった。
「僕と春君の話。聞いていたんだね」
亜希子は答えない。
僕は何も言わずしばらく待った。
亜希子はゆっくりと頭に両手を持っていく。その両手は小刻みに震えている。
「やっぱり」
それは小さな声だった。
しかし、それは次第に大きくなる。
「やっぱり。やっぱり。やっぱり。私が殺していたんだ。私が。私が。私が。中田を殺していた」
声が大きくなると同時に手の震えも大きくなる。
僕はベットに駆け寄ってその両手を押さえ込んだ。
「殺してない。亜希子は殺していないんだよ」
僕は必死に何度も同じ言葉を繰り返す。
「嘘! さっき言ってたじゃない。私が中田を殺したって」
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