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「それは勘違いだよ。亜希子は確かに中田に危害を加えた。でも、殺したのは。止めをさしたのは僕なんだ」
その言葉に亜希子の震えが止まる。
僕の方を振り返った亜希子の瞳は暗く澱んでいた。
「いいんですよ。そんなに私を庇わなくても。こんな私を庇ってもいいことなんてない。どうせ私は人殺しなんだから」
僕は小さくため息を吐く。完全に自分を卑下している。
僕はだから小さく言った。
「いいんだよ。僕が殺したことにしておけば」
僕のその物言いに怪訝な顔を向けてくる。当然だろう。
「いいんだ。亜希子は殺してない。僕が中田殺した。そういうことにしておこう」
「そんな」
「そんなこと許されるわけないじゃない! それに私自身がそんなこと許せない!」
あまり、言いたくなかったけれど。僕はその言葉を口にする。
「大丈夫だよ」
「明日には忘れる」
今度こそ亜希子は絶句していた。
「君は今日の記憶を明日まで持っていることができない」
「そんなの」
「そんなの許されるわけないじゃない。忘れてしまうから。なかったことにしてまうなんて」
亜希子が頭を振り乱して叫ぶ。
「僕が許すよ」
亜希子が信じられないと言った表情を僕に向ける。
「いいんだよ。世界中の誰が許さなくても。自分自身が許せなくても。僕が許す」
「あなたに許されたって」
「仕方ない?」
僕が聞くと、亜希子は小さく頷いた。
「そんな、逃げるようなことできない」
「いいじゃないか。逃げたって」
僕は再び言い聞かせるように言った。
亜希子が僕の瞳をまっすぐに見つめてくる。
「逃げたっていいじゃないか。辛いことからは逃げたっていい。立ち向かわなくたっていいじゃないか」
「そんなこと。良いわけない」
「立ち向かうことは素晴らしいと思うよ。頑張っていると思う。でも、だからといって、逃げる事が悪いことだとは思わない。立ち向かって解決するものならいい。立ち向かっても救われないことだって、乗り越えられないことだって世の中にはたくさんあるんだよ」
亜希子がぎゅっとシーツを握り込む。
「逃げ次ぐけることが自分自身の重荷になるなら、それは立ち向かうべきかもしれない。でも、亜希子は違うだろう」
「忘れられるからってこと?」
僕は頷く。
「卑怯じゃない」
「どこが?」
聞き返す。
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