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「あっ・・・イイ・・・っ」
「藍、藍・・・っ」
夜の帳が降りるころ、街中が提灯で赤く染まる花街の一角に、
ひっそりと、狂い咲きのあじさいが咲き乱れた廓・紫陽花楼が現れる。
色子は禿から傾城まで、すべてが男であるけれど
花街一の美妓揃いで、花街通いをするなら一度は登楼(あが)れと言われる大見世だった。
「藍・・・きれいだよ・・・っ」
「あ、も・・・ダメ・・・吉本様ぁ・・・っ!」
そして今日もまた、一夜の夢が繰り広げられる。
***
「はー・・・、吉本様、金はあるけど、あっちはいまいちなんだよなぁ。」
桶に溜めた湯を肩から掛け流しながら
藍は湯殿で盛大なため息をついた。
「まぁまぁ。お前の一番のお客様だろ。」
「いい人だけどさぁ。イッた振りも楽じゃないっつーの。」
「それが色子の腕の見せ所だろ。」
居合わせた同期の色子、花緑青(はなろくしょう)が隣で体を洗いながら苦笑した。
彼も、この廓では指折りの美妓だが、藍とはまた雰囲気の違った美しさを持っている。
気立ての良さがにじみ出た穏やかな顔立ちに癒しを求めて通う客も多い。
「そういえば最近、藍のところに通ってる椎名様って、すごく優しくてかっこいいってみんな噂してる。」
「まだ馴染みじゃないから、アッチの方はわかんないけどね。」
「そうなんだ。次に登楼されるのが楽しみだね。」
花緑青に言われ、まだ2度しか会ったことのない客の顔を思い浮かべた。
椎名 雅貴(しいな まさき)
1ヶ月ほど前に初登楼した、藍の新しい客だ。
26歳という若さで、およそ2週おきに登楼し盛大に花代を払っていく謎の男。
ぱりっとしたタイトなスーツを着こなすさわやかな外見からは、いくら藍が花街一の美妓といえど、男を買う趣味があるようにはとても見えない。
単なる、冷やかしなのだろうか。
それでも、花代を払ってくれる客であれば、理由なんてどうでもいい。
どのみち、一夜限りの夢なのだから。
***
「藍、こっちにおいで。」
「はい、椎名様」
椎名の3度目の登楼は、思ったよりも早かった。
床入れの儀も済ませ、晴れて馴染みになると、ようやく色子と一夜を共にできる。
「この日を、楽しみにしていました。」
「俺もだよ。だけどさ・・・」
「?」
呼び寄せた藍のあごをとらえ、椎名が意地悪く笑った。
「その顔、気に入らないね。」
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