一章 一

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「ふざけんじゃねえよ! 五万も突っ込んだのに、一度も大当たり無しなんてありえねえだろ!」  坂口は叫びながら、目の前にあるパチンコ台の受け皿を叩いた。両隣に座る中年の女性客が、びくりと肩を震わせて、疎ましそうな視線を向けてくる。  坂口はその視線を牽制するように睨み付けると、自分の台の受け皿に、数本残ったセブンスターのソフトパックを放り込んで席を立った。  ホール内に大音量で鳴り響く音楽や、絶え間なく台から発せられるけたたましい電子音。それらの耳障りな音に嫌悪感を抱きながら、坂口は狭い通路を歩いていく。  この日は新台入れ替えイベントのためか、横並びで無数に配置されたパチンコ台は、ほぼ満席の状態だった。客席の後ろには、所々に幾つものドル箱が積まれていて、ただでさえ狭い通路を、さらに歩き辛くしている。  忙しそうに動き回る、若い店員を避けながら通路を抜けると、台が置かれていない、広めの通路に突き当たった。坂口はそれを左に進み、ホール内にある休憩所へと向かっていった。  休憩所は通路の先にある、透明の自動ドアを抜けた所にあった。透けて見える内部の空間には、大型のテレビやソファーに加えて、本棚や自動販売機が置かれている。だが、人の姿は見当たらない。  おそらくはこの店の中に居る、多くの客たち全員が、今この時もパチンコに熱中し続けているせいだろうと、坂口は思った――ここに誰もいないってことは、たぶんそういうことだ。  休憩所の自動ドアを通り抜けて、奥にある飲料水の自販機へと向かう。ドアが閉まると、先ほどまでの騒音が幾らか和らいだ。その代わりに耳に響いてきたのは、テレビの音声だった。  自販機の前まで行った坂口は、ジーパンの尻ポケットから二つ折りの革財布を取り出すと、小銭入れをあさった。財布の中にはすでに一枚も紙幣が無く、五百円玉一つと、数枚の硬貨が残っているだけだった。  坂口はなけなしの五百円玉を手に取って、それを自販機に投入した。目当てのボタンを押したあと、取り出し口に吐き出されてきた缶コーヒーを右手で掴む。続けて返却口からの釣り銭を手にした坂口は、再び苛立ちを覚えた。  ――外で買えば百二十円の物が、ここじゃ百五十円かよ。まったく、ふざけてやがる。
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