本編 序章

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 この日大学の体育舘で、アルティメットレスリング同好会による、タイトルマッチが開催されようとしていた。  単なるショープロレスではなく、ガチンコ志向で行われているこの同好会の試合は、プロ並みの高度な技や迫力に定評があり、人気を集めている。  そんな同好会の中でも、一、二を争う天才レスラー同士の闘いというだけあってか、四角いリングを囲むように設置された無数の座席は、すでに沢山の学生たちで埋め尽くされていた。  マイクを持った実況担当の田口は、ざわめく観客席を横目にしながら、同じく同好会の部員である、レフェリーの増田と共にリングへ上がる。  増田はわりと筋肉質な男だったが、田口と同様に小柄なせいか、実際に試合をするよりも、このような脇役を担当させられることのほうが多かった。  そのためこの日も、いつものように任されていた仕事には慣れた様子で、大きなタイトルマッチといえども、田口と同じく、それほど緊張した素振りは見せていない。  その増田と共に、リングの中央へと向かった田口は、喉の調子を確かめるように数回咳払いをしたあと、右手に持ったマイクを使って司会を始める。 「えー只今より、アルティメットレスリング同好会のメインイベント。無差別級のタイトルマッチを執り行います」 「よっ、待ってました! 早くしろー!」  若い男女の様々な歓声が耳に響く中で、田口はいつも通りに司会を進めていく。 「それでは青コーナーから、挑戦者の入場です。身長百七十五センチ七十キロ、伝説のマスクマン、エル・パラダイスの子孫を名乗るルチャリブレマスター。パラダイス・キッド!」  黒が基調で、銀色の装飾が施された覆面を被り、黒いロングタイツを穿いたマスクマンが、身軽な動きでトップロープを飛び越えてリングに上がってくる。  この試合の挑戦者である、坂口拓(さかぐちたく)が扮するパラダイス・キッドは、軽快なアクロバットを披露しながら、チャンピオンの入場を待っていた。  彼が続ける華麗な動きを、じっと眺めていた田口は、今日の動きはいつにも増して、キレがあるなと感心する。  パラダイス・キッドこと坂口は、程よく引き締まった肉体にバランスが取れていて、身体能力が高く、華麗な空中殺法が得意なレスラーだった。
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