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坂口はとても負けず嫌いで、プロレス馬鹿といった印象を持つ、比較的単純な性格の男だが、他人を寄せ付けないほどの練習量を毎日こなす、努力家の一面もあった。そうした努力の積み重ねにより、プロ顔負けの多彩な技術を身に付けている。
そのため彼は、この同好会の中でも、トップクラスの人気を集めていた。これだけの動きが出来れば、多くのファンが付くのも納得だな、と田口は思っていた。
坂口は素顔もどちらかといえば男らしいイケメンの部類で、決して悪くはないのだが、試合に出場する時には、いつも同じ覆面を被っている。何故ならそれには、彼なりのこだわりがあったからだった。
坂口が好んで使用しているマスクは、十年以上も前に引退している、メキシコのプロレスラーが被っていたものと、同じデザインのものである。
エル・パラダイスという名前の、それほど人気は無かったが、玄人受けする往年の名選手のマスクだ。坂口はそのマスクマンに、強い憧れを抱いているらしい。それゆえ彼の子孫を名乗り、彼のマスクを被って、ずっと闘い続けている。
観客からの声援を受けながら、リング上でのウォーミングアップを終えたパラダイス・キッドこと坂口は、青いコーナーのほうへと戻り、だらりと背中を預けていた。
田口はその様子を確認すると、事前に決められた段取りに合わせて司会を進める。
「続きまして赤コーナーから、チャンピオンの入場です。身長百八十五センチ百キロ、豪腕破壊王の異名を持つ最強のレスラー。真壁丈!」
明るめの短い茶髪で、精悍な顔の下に顎髭を生やした筋骨隆々の男が、観客からの大きな声援を受けながら、リングに近づいてくる。
黒いショートタイツを穿いているチャンピオンの真壁丈(まかべじょう)は、筋肉質な長めの足を使い、セカンドロープをまたいでリングに上がってきた。
この真壁丈という男は、天性の恵まれた大柄な体格に加えて、格闘家としての類いまれなるセンスも感じさせる、まさに最強のレスラーだった。田口はこの同好会に入部して以来、彼が負けたところを、まだ一度も見たことがない。
真壁は使う技こそオーソドックスなタイプのものが多かったが、持って生まれた強靭な肉体や、観客を惹き付けるカリスマ性などが素晴らしく、同じプロレス好きとしても憧れる反面で、嫉妬を覚えるほどの天才レスラーだった。
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