第1章

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だが、顔は八つ以上増える事はなかった。  八つの顔は、散らばったトランプのように不規則に並び、決して動く事はなく、ただただ無表情だった。  しかし、また変化が起こり始めた。  八つの中の一つが、にこにこと笑い始めたのだった。その顔はとても楽しそうで、こっちまで笑い出しそうになる程だった。  その翌日には、別の顔が泣き始めた。涙を流し、嗚咽まで聞こえてきそうで、俺は思わず慰めの言葉をかけそうになってしまった。  その次の日には、苦笑いをしいる顔が、そのまた次の日には怒っている顔が――  ――と、無表情だった顔たちには日毎に表情が浮かんでゆく。仄暗い雑木林の中で青白く光りながら表情を浮かべてゆくその様子は、花が咲くように美しくさえあった。  八つの顔には、笑っている顔、苦笑いしている顔、怒っている顔、呆れている顔、泣いている顔、つまらなそうにしている顔、喜んでいる顔、せせら笑いをしている顔と、八種類の表情の花が開いた。  だが、そこからはもう変化は起こらなかった。  突然、俺は会社をクビになった。 「やる気が無いようだから辞めてくれ」  上司は俺にそう言った。  同僚達も、俺を避けているようだった。  一緒に勤めていた恋人にすら避けられた。  訳が分からなかった。  絶望の二文字を背中に背負うように、うな垂れて帰りのバスの乗り込む。  バスの窓ガラスには俺の顔が映っていた。  その時になって、俺は初めて気がついた。  あの白い顔は、自分の顔であったことに。  俺の顔からは、一切の表情が失われていた……                   了
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