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王女の希望だったとはいえ、任務以上の仕事をしてしまった有坂龍一と皆人は、上司の桜庭からおもしろくもないお説教をたっぷりといただいた。
それでもアン王女の国の、王と女王から特別な苦情も伝えられなかったので、なんとかその日の夜のうちに解放してもらえる。
有坂龍一は弟の皆人を愛車に乗せ、乃亜の待つマンションまで送り届ける。
すると皆人が、
「兄貴、今からあのド田舎まで帰るんだろ」
と言う。
その物言いに多少ムッとするも、龍一が現在住んでいる場所は、この時間なら車以外の移動手段がないのも本当だ。
電車もバスも、交通機関はすでに主要駅で止まっている。
龍一が気にくわなそうに頷けば、
「んじゃ、谷底に落っこちねーように気をつけて帰れよな」
皆人は横を向いて、ぶっきらぼうにそう言った。
はなはだ腹のたつ言い方だが、不器用な皆人の精一杯の気遣いだとわかって、思わず龍一の頬も緩む。
「ああ。皆人も、乃亜に変わらず食事を作ってもらえるよう、祈っててやるよ」
今朝、乃亜が唇を読めることを知らずに、乃亜の食事にいいほど文句をつけていた皆人に、お礼代わりに言ってやる。
皆人は、とたんに自分の所業を思い出したのか、しょんぼりと頭を垂れる。
「じゃあな」
声に出して笑うのも気の毒なので、その前に車をスタート。
バックミラーの中に、肩を落としたままマンションのインターフォンを鳴らす皆人を見ながら、龍一はようやく唇に拳を当てて笑った。
しかし、さほど距離を進むことなく、龍一の胸ポケットの携帯が着信を知らせる。
急ぐ行程でもないので車を道の端に止め電話の相手を見ると、相手は皆人だ。
『さては乃亜に部屋の鍵をあけてもらえなかったか』
オンフックにすると、案の定、
「兄貴、まだその辺にいる?」
との声。
「わかった。すぐ戻る」
龍一は皆人の話も聞かずに通話を切ると、すぐさま車をUターンさせる。
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