第1章

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男が暗闇から明るい場所へ出てくる。やはり雹だ。平井太一が泉警部から頼まれて調査した時に見た、雹の写真の顔である。 橘葉子も室岡の血を浴びたまま、雹を見る。これで二回目だ。今日はサングラスを掛けていない。 顎鬚も無い。服装は黒ずくめだ。「お前、室岡に何をしたんだ?」平井が雹に訊く。 いつもの様に、雹は美しく神々しいばかりの微笑みで穏やかに話し始める。 「室岡さんに投与した麻薬は、世界でただ一つしかない、私特製でして。人間の罪悪感を際限なく高める麻薬です。 これを投与されると、自分が今までに犯してきた罪を全て思い出し、罪悪感で胸が押しつぶされそうになるのです。 初めに、その罪を共に創り出した仲間を殺し、最後には自殺します。勿論、罪を犯していない人間にとっては無害です。 何も起きません」話を聞いていて、平井は何故か、クスッと笑った。楽しそうだ。 そんな平井を見て葉子は、少し頭がおかしいんじゃないかと思う。(雹って、マッドサイエンティストじゃん!) 「俺にも打ってみてくれねえかな?」平井が言う。雹は楽しげに笑う。 「あなたに打っても、何も起こりませんよ。勿論、私もね」葉子は目を丸くして、そんなわけないじゃん!と思う。 「平井さん。あなたの根幹にあるものって、私に似てるんですよね。だから、あなたを殺す気持ちはありません。 審神をして、気に入った人は、めったにいないんですがね。最近面白い人によく巡り合います。 勿論、一番のお気に入りは司一十三さんですがね」 なんだか、声だけ聞いていると、偉い牧師さんに説教されている様だ、と、葉子も平井も思う。 とても殺し屋とは思えない。ただ、葉子だけが、関東連合皆殺しの時の雹とは、まるで雰囲気が違うのには驚いた。 しゃべり方も全然違う。顔は同じだが、とても同一人物とは思えない。(雹って、二重人格なんかなあ?) と葉子がへの字口で眉をひそめる。そして、更に雹が続ける。 「実は、橘徳次郎氏に依頼を正式に受けまして。葉子さんを助けてほしいと。 それで、先程から目の保養をさせていただいてたわけです」 葉子はハッとして、ベッドシーツで裸体をくるみ、急いでシャワー室へ行く。血やローションを洗い流さないと、 気持ち悪くて仕方が無い。撮影などで、スタッフに裸を見られ慣れているので、恥ずかしさはそんなに無い。 特に、あの男達には。
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