第1章

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 べたべたと纏わりつく空気が動き出したかな、と思われる時刻。  私は周りを見渡して、ようやくため息をついた。  億劫そうな声を上げて加速する電車、おばさんが操る自転車のカゴには、熱さから逃げ出そうとしているくたびれたセロリ、今どきの女子高校生みたいな話題で下品に笑う小学生の一団。どれもこれも何度も繰り返した当たり前の、バスから降りた先の風景である。  何が楽しいんだか分からないお笑い番組と、ギラギラしたラメが取り柄のお手頃価格の化粧品と、ファッション雑誌の話題をどうにか引っ張り出し、なんとか友達とのお喋りを引き延ばす、これまたどこにでもいそうな女子高校生が私だ。  緩くまとめた髪を左に流し、薄く桃色に染まり始めた空をぼんやり見上げながら家路につく。 「ただいまー」  母御用達、着けっぱなしになっている夕方お馴染みのサスペンスドラマをBGMにして、台所の奥から水音と一緒に、『お帰り』の声が返る。 「ねえねえーひよー。ちょっと買い物行ってきてくれない?」 「ええー、今まったりしようとしてたのにー」  ソファに腰を下ろしたまま言うと、母は鼻を鳴らした。 「日頃からまったりしてるでしょうが。お醤油買いに出かけたのに、うっかりしちゃったのよ。お釣りは要らないから、お願いね」  しぶしぶ伸ばした手に、ほれ、と転がされたのはぴかぴかの金貨一枚だった。
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