3人が本棚に入れています
本棚に追加
祖父は若い頃から旅行好きで、色々な国へ行ってはかわった物をよく買ってきた。十六歳になった僕にくれた誕生日プレゼントも、中国だかインドだかで買ってきた物だったらしい。
「開けてごらん」
そう言って渡されたのは、手の平に乗るほどの、平べったい木の箱だった。フタを取ると、さらに紫色の布でなにかが包まれていた。ずいぶんと厳重だと思った。布をめくると、そこにはふせられた手鏡。黒い漆地に、螺鈿(らでん)で豪華な鏡台の絵が描かれている。
鏡に鏡の絵だなんて、ずいぶんと変わっている。おまけに、女の子ならともかく、男の僕にこんな物をくれる祖父も変わっている。
「のぞいてごらん」
不満そうな僕の様子がおかしかったのか、楽しそうに祖父は言った。
言われるまま僕は鏡を表に変えた。そして、あやうくそれを落としそうになった。
その鏡には何も映っていなかった。曇った時に映るような、ぼんやりとした影や色すらなく、鏡面には塗りつぶしたような銀色があるばかりだ。
「なんだこりゃ……」
思わず僕は呟いた。
「おもしろいだろう」
祖父は相変わらずにやにやしていた。
人形遊びの道具だろうか? おもしろいも何も、こんな役に立たない物をもらっても、嬉しくもなんともない。
でも、一応失礼にならないようにお礼を言っておかなければ。
「ありがとう。とっても嬉しいよ」
そのとたん、銀色だった鏡面が血でぬられたように真っ赤に染まった。
「う、うわ」
思わず手を放してしまったが、祖父はそれを予想していたようで、落ちる前に鏡をキャッチしてしまった。
「わかったかい? これは人の心を映し出し、嘘を感じると赤く染まるんだ」
「嘘を……」
普段ならとても信じられない所だ。けれど実際に赤く染まる所を見てしまったら、信じるしかない。
「私はこれにずいぶん助けられたよ。お前もうまく使いなさい」
落ち着いて考えると、これはめったにない宝物だ。これがある限り、きっと僕は騙されたりしないだろう。
「あ、ありがとう!」
僕は、今度は心からお礼を言った。
真っ赤だった鏡は、いつのまにか銀色に戻っていた。
最初のコメントを投稿しよう!