第1章

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 祖父は若い頃から旅行好きで、色々な国へ行ってはかわった物をよく買ってきた。十六歳になった僕にくれた誕生日プレゼントも、中国だかインドだかで買ってきた物だったらしい。 「開けてごらん」  そう言って渡されたのは、手の平に乗るほどの、平べったい木の箱だった。フタを取ると、さらに紫色の布でなにかが包まれていた。ずいぶんと厳重だと思った。布をめくると、そこにはふせられた手鏡。黒い漆地に、螺鈿(らでん)で豪華な鏡台の絵が描かれている。  鏡に鏡の絵だなんて、ずいぶんと変わっている。おまけに、女の子ならともかく、男の僕にこんな物をくれる祖父も変わっている。 「のぞいてごらん」  不満そうな僕の様子がおかしかったのか、楽しそうに祖父は言った。  言われるまま僕は鏡を表に変えた。そして、あやうくそれを落としそうになった。  その鏡には何も映っていなかった。曇った時に映るような、ぼんやりとした影や色すらなく、鏡面には塗りつぶしたような銀色があるばかりだ。 「なんだこりゃ……」  思わず僕は呟いた。 「おもしろいだろう」  祖父は相変わらずにやにやしていた。  人形遊びの道具だろうか? おもしろいも何も、こんな役に立たない物をもらっても、嬉しくもなんともない。  でも、一応失礼にならないようにお礼を言っておかなければ。 「ありがとう。とっても嬉しいよ」  そのとたん、銀色だった鏡面が血でぬられたように真っ赤に染まった。 「う、うわ」  思わず手を放してしまったが、祖父はそれを予想していたようで、落ちる前に鏡をキャッチしてしまった。 「わかったかい? これは人の心を映し出し、嘘を感じると赤く染まるんだ」 「嘘を……」  普段ならとても信じられない所だ。けれど実際に赤く染まる所を見てしまったら、信じるしかない。 「私はこれにずいぶん助けられたよ。お前もうまく使いなさい」  落ち着いて考えると、これはめったにない宝物だ。これがある限り、きっと僕は騙されたりしないだろう。 「あ、ありがとう!」  僕は、今度は心からお礼を言った。  真っ赤だった鏡は、いつのまにか銀色に戻っていた。
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