第1章

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 僕はそれから肌身離さずその鏡を持ち歩くようになった。といっても、めったにそれを使うことはなかったけれど。この鏡を使うことは、その人を疑っているということで、何度もやると何となく疑り深い人間になりそうな気がしたからだ。それに、こういった宝物を使いこなせないで酷い目にあう昔話は結構多いものだし。  というわけで、僕が大学生になって一人暮らしを始めても、その鏡はお守り代わりにずっとバッグの底にしまわれたままだった。  大学生活に飽きたころ、実家から突然電話がかかってきた。同じく東京で一人暮らししている姉が、何者かに殺されたという。僕は電話を切るより早く家を出て、姉の住んでいたアパートへとむかった。  警察によると、姉は夜、自分の部屋にいたところを、侵入してきた何者かに刺し殺されたらしい。ドアや窓の鍵をこじ開けた跡はなく、犯人はこっそり姉の部屋の合鍵を作ったのか、そもそも合鍵をもらった人なのか、あがりこんだ客といったところだろう、ということだった。  蒼褪めた顔で棺に横たわり、いつもの人懐っこい笑みもない姉を見たとき、僕は犯人に復讐しようと誓った。  それから学校もさぼって姉の友人達に話を聞いたおかげで、色々なことがわかった。 姉はムラサトという男と付き合っていたが、最近はうまくいっていなかったという。おまけに、姉の親友のアイリは、密かにムラサトに憧れていたそうだ。もちろん、その想いを姉には言っていなかったが。 そして、姉は、恋人にも、親友にも自室の鍵を渡していた。 ひょっとしたらムラサトは、姉の存在がジャマになったのかも知れない。アイリは、恋敵の姉を殺そうとしたのかも知れない。  これで、姉を殺す手段と動機が揃っている人物が二人居ることになる。  僕は、そんなことを思いながら、姉の殺されたのと同じ時間、彼女の部屋の前に立ち尽くしていた。このドアの向こうで、姉は誰に殺されたのだろう?  ふと、右側から視線を感じた。六歳になるかならないかの幼い男の子が、階段の所から僕をじっと見つめている。くりくりとした瞳のかわいらしい子だった。 手に車のおもちゃを持っているところを見ると、ずっとここで遊んでいたのだろう。このアパートは、階の両端に階段があったので、反対から登ってきた僕はこの子に気付かなかったのだ。
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