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◇ ◇ ◇
切り分けた肉を木の枝で作った串に刺して焚き火で焼いている間、僕たちはウサギの臓器や骨を入れた穴を埋めていた。できたお墓に向かって合掌し、汚れた手を泉の水で洗う。
肉が焼き終わるまで僕は折りたたんだ膝に顔をうずめていた。
結局、ウサギをさばくことはできなかった。渡されたナイフで毛皮を剥いだ時点でえづいてしまい、断念してしまったのだ。
嗅いだことのない大量の血の匂いが鼻孔にこびりつき、胃液がせりあがってくる。女の人が代わりに解体している間中、ずっと目を伏せていた。
情けない。つくづく自分が嫌になる。
「焼きあがったよ」
女の人が肩を軽く叩いて教えてくれたが、とても食べる気分にはなれなかった。無言を貫いていると、大きなため息が聞こえる。
「気持ちはわかるけどさ、『やっぱり食べられません』とか言うのだけはやめてよね」
「……食べるつもりではあります」
「そう。じゃあ、お先に」
いただきます、と手を合わせる声がする。顔を少しだけ上げると、女の人は何食わぬ表情で肉をほおばっていた。
「……慣れてるんですか」
僕のつぶやきに近い質問は彼女の耳に届かなかったようだ。「んー?」と咀嚼しながら首をかしげる。僕は顔を上げ、先ほどよりも声を張った。
「お姉さんは、こういうの慣れてるんですか」
「こういうのって?」
「その……狩りとか、さばいたりとか」
ごくり、と口の中のものを飲み込むと、女の人は空を仰いだ。
「初めて獲物を解体したとき、わたしも君と同じ反応した」
意外な回答に思わず目を瞠る。
「旅をしている中でね、狩りや農作業を中心に生活している村があったの。そこで出会った人に狩りやさばき方を教えてもらったんだけど、慣れるまでは大変だった」
語る表情はそのときのことを懐かしんでいて、嘘や作り話ではなさそうだった。だんだんと背筋が伸びる。
「でも……狩りや解体に慣れても『命をいただいている』ってことだけは絶対に忘れない」
彼女はまた肉をかじる。僕は目の前の串に手を伸ばす。
こうして見ると、食卓に並んでいる肉と変わりない。血の匂いを嗅いで吐きそうになったことが嘘のようだ。それでも、生気のないウサギの目や土に埋めた臓器や骨が鮮明に浮かんでしまう。きっと、あんな目に遭っているのはこのウサギだけじゃない。店に並んでいる牛や豚の肉だって、同じように命を失い、解体されている。
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