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そのことを、どれだけ意識してこなかったのだろう。
知ってしまった僕は、どうしたらいいのだろう。
……いや、答えはもう出ている。
「いただきます」
僕は小さな声で言い、よく焼けた肉を一口かじった。
生きるために、食べる。そうやって割り切るしかない。だからこそ、これまでより深く、感謝して食べないといけない――そうやって生きないといけないのだ。
肉を噛めば噛むほど、食欲を取り戻した。身体が空腹を思い出したのかもしれない。鶏肉のようで美味しいと感じる余裕も取り戻していた。
お互いに肉を食べ終え「ごちそうさまでした」と手を合わせる。火を絶やさぬよう、余分に集めた枝をくべた。
ふいに、女の人がリュックから分厚いノートとペンを取り出した。焚き火の明かりを頼りに何かを書き込んでいく。
「何を書いてるんですか?」
「ん? あぁ、これ? 日記」
僕が座っている位置からは内容までは読めなかったが、開かれたページには小さな文字がびっしりと詰まっていた。
「これまでの旅での出来事を書き留めてるの。荷物になるって分かってるけど……忘れないように、ね」
その日記に、僕のことも書いているのだろうか。どんなふうに書かれるか想像して、落胆する。内容の濃い一日のどこを振り返っても、どこまでもかっこ悪い僕しかいなかったのだ。
対して、ずっと頼れて、かっこよかった彼女――しかし、そういえば最初は前途多難だったと話してくれたのを思い出す。
狩りも屠殺も、野宿の仕方が手馴れているのも「必要だったから」だろう。
行き倒れた経験もある中で、三年間も旅を続けている原動力はなんだったのだろう。
「どうして、旅をしているんですか?」
頭より先に口が動く。直後、果たして訊いていい内容だったのか慮っていなかったことに気付く。不安とは裏腹に、女の人はすんなりと
「人を捜しているの」
とだけ答えた。
初めて見る、悲しげな笑みだった。
その表情を前にすれば、僕が重ねようとした質問などすべてが野暮だろう。
どれだけ過酷な経験をしても。どれだけ命の危機にさらされようと。
まだ見つからない誰かを、捜している。
だから未だに、旅を続けている。
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