Episode1 人を喰らうような森の中で

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 迷い込んだのは、とても薄暗い森だった。  好き勝手に伸びた枝から生い茂る葉は空を覆い隠し、日の光を拒絶している。足を踏み入れたのは太陽が空高く昇った頃だったはずなのに、一瞬にして夕方になったかのようだ。  視界に広がるのは木々と背の高い雑草の緑。  耳に入ってくるのは聞いたことのない鳥の鳴き声と僕の息遣いだけ。それが僕を孤独にし、不安をあおる。  どれくらいの時間、歩き続けただろう。  ただひたすら真っ直ぐに進んでいるが、それで本当にこの森を出られるかさえ自信がない。  己の無計画さを呪った。せめて時計やコンパスくらいは持ってくるべきだった。半ば衝動的に家を飛び出した僕は、背負っている小さなリュックに最低限の荷物だけしか詰め込んでこなかったのだ。  いっそ、来た道を引き返せばいいのではないだろうか。 後ろを振り返ろうとして、硬直した。  どこからか、雑草が揺れる音がする。その音は近づいたり遠ざかったりしている。  風が吹く。木々が怪しくざわつく。鳥が飛び立つ音、鳴きわめく声。  悪寒が走るのと同時に、足が震える。呼吸が乱れる。 怖い。怖い。怖い。  ただひたすら、その言葉だけが頭を駆け巡る。  全身が震え、やがて立っていられなくなり、その場にしゃがみ込む。  こうしていれば、誰かが助けてくれるだろうか。隣町への道を、あるいは帰り道を教えてくれる人が現れるだろうか。  淡い期待を――甘い考えを、揺れる草木が打ち払う。  そうだ。こんな不気味な森の中で、誰が手を差し伸べるというのだ。  立ち止まっている間にも、時間は刻一刻と経ち、日は傾いてしまう。  これ以上暗くなってしまえば歩みを進めるのは不可能になってしまうだろう。軽いリュックの中には野宿ができる道具など入っていない。ここで夜を迎えるのは自殺行為だ。  震える足を無理やり立たせる。  足元が見えなくなる前に隣町にたどり着かなければ。そう思い、一歩踏み出したときだった。後ろで先ほどよりも草が大きく揺れた。  何かがゆっくりと、確実に近づいてくる気配に再び身体が固まる。  落ち葉を踏みならす音、木の枝を踏み折る音。
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