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逃げなければ。
殺される!
脳がそう察した瞬間、反射的に駆け出していた。
決して運動神経がいいわけでもなければ、体力に自信があるわけではない。
それでも全速力で走った。ただひたすら走った。走った。走った。
ジグザグに走ったり、草木をかき分けて曲がったり。
振り返る暇もなく、ただひたすら走り続ける。
何に追いかけられているのかは分からない。そもそも、まだ追いかけられているのか、もう撒けたのかさえ定かではない。それを確認する余裕はなかった。
ふいに足に何かが絡まる。刹那、身体が宙を舞ったかと思うと、地面に叩きつけられた。じんじんと広がる痛みは僕から起き上がる気力を奪う。
追いつかれる。早く逃げなきゃ。
頭ではそう言っているのに、足が、手が、動かない。酸素を求める口がふさがらない。
あぁ、ここまでか。
死を覚悟し強く目を瞑る――が、諦めとは裏腹に、僕を追いかけていたはずの気配はもう消えていた。さっきまで鳴きわめいていた鳥の声はもう聞こえない。僕の荒い息遣いが耳障りなくらいだ。
(助かった……。振り切ったんだ)
倒れこんだまま、ゆっくりと息を吸ったり吐いたりを繰り返す。そうしているうちに少しずつ身体を動かす気力が戻ってきた。それでも痛みで起き上がることができない。僕はあおむけになって空を仰いだ。
視界を覆う枝や葉が揺れるたびに、隙間から薄闇色がちらついた。それに伴って周りがさらに暗くなっていく。
隣町に行くのは無理だと嫌でも悟った。この森で一晩を過ごすという選択は免れないらしい。しかし、生まれてこの方、野宿などしたことがない。一体どうすればいいというのか。
いっそ、日が昇るまでこのままでいようか。眠ってしまえば、勝手に朝が来るのではないか。日が昇って少しでも視界が明るくなれば、また歩き出せばいい。
そこまで考えたところで、単純だが重大なことに気がついた。
「……おなかすいた」
言葉にしたことで脳が、身体が、食事を欲し始めた。
野宿する人は、どうやって食べ物を探しているのだろう。
魚を取ろうにも近くに川はなさそうだったし、木の実を取ろうにも木登りは得意ではない。狩りをしたことがないのは言うまでもない。
空腹を自覚したところで、どうすることもできない。
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