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「ここにいれば、安全なんじゃないんですか……?」
そもそも、寝られる場所を探すと言ってここにたどり着いたのだ。それは、安全を確保できる場所という意味ではなかったのか。
「安全な場所なんて、ここにはないよ」
彼女の表情が消えていく。なかなか銃を受け取らない僕にいら立ちを覚えているのか、でも、それにしたって。
「そ、そんなの聞いてないです。大体、そんなの使ったことないし……」
「ここの引き金を引くだけ。簡単でしょ?」
「でも……!」
「甘ったれてると、死ぬよ」
ぴりりと、空気が張る。
ぴしゃりと放たれた言葉、声の圧、厳しい表情。
それらは重なる弱音を断つには充分すぎた。
三年間の旅の中で、助けてもらってばかりもいられなかっただろう。自分自身で切り抜けなければならなかったこともきっとたくさんあって、森の歩き方が手馴れている様子なのも、ためらいなく野宿という選択ができるのも、そういった経験の副産物なのだとしたら。
これは、単なる脅しではない。
いら立ちを覚えているなんて、とんでもなかった。この人は、僕の安否を心配してくれているのだ――この銃を手に取らなければ、死んでしまうと。
現に武器がないことで酷い目にあったばかりじゃないか。
僕はおそるおそる拳銃を受け取った。ドラマや漫画では軽々と手にしているのに、実際にはずしりとした重みを感じる。
女の人は、先ほどまとっていた雰囲気とは打って変わり穏やかに微笑むと
「間違ってわたしを撃たないでよね」
と、おどけた口調でくぎを刺した。
踵を返して闇の奥に溶けていく背中を、呆然と見送る。焚き火と風、揺れる枝葉、虫の鳴き声。聞こえる音だけなら物騒さの欠片もないが――改めて、渡された物をまじまじと見つめる。本当にこれは拳銃なのだろうかとも思ったが、この重みがおもちゃではありえないと証明していた。
想定している『何か』が本当に起きたとき、僕は引き金を引くことができるだろうか。
僕は生まれてこの方、虫より大きな動物を殺したことがない。普通に生きていればそれは当然のことだろう。しかし、この銃を使えば、僕は動物を殺してしまうことになる。それができる自信がなかった。
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