第1章

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案の定、水の精霊が加勢してくれるようだ。 渾身の力でバタ足で水を蹴り、 両腕を交互にS字を描くように動かして水を掻く。 いつもはプールの底に吸い寄せられるように 沈んでいくあかりの身体が水面の少し下で ピタリと安定し、魚雷のように水を切り裂いて前に進む。 (これは一体、何?私って補正すると こんな凄い泳ぎができるの?) ビリからあっという間に3人抜いて、 3位に浮上する。 25メートルプールの壁が迫ってきて、 綺麗に壁タッチとターンが決まった。 (あと2人、抜けば1位ね。) 圧倒的な速さで1人抜き、最後の10メートルで 最後の1人を抜いて1位に浮上して、 壁タッチしゴールを決めた。 プールサイドでは、 2年桜組の一条!一条!の大声援が響き渡っていた。 (でも、これは自分の実力じゃない。 水の精霊さん、笥魔舗の力添えの結果なのよ。) 水から上がると大歓声があかりの耳に入ってくる。 「一条さん、凄い泳ぎだった。感動したよ。」 早坂が直ぐに駆け寄ってタオルを あかりに手渡した。 ガッツポーズを決めたあかりに 飛び込んできたのは失格の知らせだった。 「競技中は泳者の身体の一部が水面上に 出ていなければならない」という ルールに反していた為だった。 往復50メートル中、ターン含めて 1度も息継ぎをせずに潜水状態でクロールを 泳ぎきるということが、女子高生のレベルでは 不可能だった。 失格はしたものの、アンカーでビリから 6人ごぼう抜きしてトップでゴールした あかりをだれも責めなかった。 それどころか 早坂が「一条さん、男みたいな泳ぎ方だな。 一度、水泳部に体験入部してみないか?」 とあかりに声をかけてくれた。 早坂はスポーツ万能で俗に言う 「イケメン」だった。 帰宅後、机に向かい、ブラウスとチェックスカートの制服を 繕いながら 「交際を申し込まれたらどうしようかしら。」 などと妄想にふけっているあかりの 傍らには笥魔舗があった。 椰子の実も埃が積もらないように 綺麗に拭いて、仏壇の隣に鎮座していた。 遠路はるばる南国の遠き島より旅をしてきた 椰子の実が運んできたささやかな 幸せだった。
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