第1章 発端

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「そうやって自らを灰色に染めていく代わりに、大切な人を守ることが出来るんじゃないのか。それが社会適応であり、成熟するということではないのかね。清濁併せ呑むようなところがなくて、世の中渡っていけるはずがないだろう。君は好い年をしてまだそんなことも分からないのか!」  張り詰めた空気の中、しばらく義父の荒い鼻息だけが聞こえていた。 「曖昧な状態が嫌いなのかもしれません」修一は考えながら答えた。「自分の立場を白黒はっきりさせたいというのか……。しかしそれは単純に正義感だとか、そういうのでもなくて、つまりその、綺麗ごとだけでは必ずしもなくて、……何でしょう、一種の恐怖心とでもいいますか……」  義父が訝しげに眉根を寄せた。その表情に修一は若干の焦りを覚える。 「その、つまり、何と言うか……、何かを得るために嘘をつけば、その度に自己矛盾していき、元に戻れなくなるような気がするんです。そのうちどこに立っているのか自分でも分からなくなりそうで……。そして行く行くは精神の整合性を保てなくなるのではないかと危惧しているんです」  しかし、そこへ踏みこまなければ人は生き得ないのだろうか。状況に応じてその場の空気に自分を合わせ込み、ときには他人を陥れ、責任を擦り付け、そうやって適応しつつ階層を登り、社会的資源を手に入れる。成熟とはそういう事なのだろうか。 「で、……結局君はどうなった」  面倒臭そうな義父の声に顔を上げると、物を見るような不躾な眼差しとぶつかり、修一は思わず目を泳がせてしまった。 「ふん、……ただの負け犬じゃないか」  義父が冷たく言い放ち、リビングは静まり返った。 「う、うるっせんだよ!」  緑のぎこちない怒声が沈黙を破る。 「てめえみてえな腑抜けた考えのジジイが権力握ってっから、世の中おかしくなるんだろうが!」
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