第2章 変転

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 電車が到着し二人は乗り込んだ。込み合う車両内でも広美はどうでもいいことを延々と喋り続ける。 「レクサスか?、いいなあ?、うちなんか二台とも軽四だからね」 「お爺ちゃんが車好きなだけ。うちもお母さんは軽だよ」 「お爺様、社長かなんか?」 「違う、違う。だいぶ前に定年退職して今は年金暮らしだって」  及川広美とは、十月に行われた体育祭の実行委員を一緒にやったのがきっかけで喋るようになった。以来、何かにつけて絡んでくる。正直言うと面倒臭かったが、これもひとつの修行だと思って緑は割り切ることにしていた。日々の鍛錬によって、今では笑顔を交えた自然な受け答えができている筈だ。教室でも微笑みを絶やさぬよう気を配っている。たまに何かに集中していると、「顔恐いよ」と指摘されることもあるが……。  修一の失踪を切っ掛けとして慶一郎の家へ身を寄せる事となり、結果的にスラムのような団地を抜け出し、閑静な高級住宅街で暮らす事となった緑は、この生活水準の飛躍的向上と高校進学を機に、それまでのキャラクターから脱却しようと目論んでいた。  緑自身、中学時代、何もすき好んで悪ぶっていた訳ではなかった。団地には団地の文化があり、最初はそれに適応するための処世術のようなものだった。郷に入れば郷に従え、である。しかしどういう訳かその道の才覚があったようで、気が付くと地域の不良を束ねているみたいな感じに、不本意ながらもなってしまっていただけなのだ。そんなこと全く望んでいなかったのに。  それでも幼い頃から、貧乏なくせに両親が異常なほど教育熱心だったこともあってか、緑は悪ぶりながらも密かに勉強が好きだったので、授業中気だるそうに頬杖をつきながらも、きっちり授業内容には耳を傾けるという特殊技能を身に付けていった。その為か学業成績も極めて良かったし、高校は県内随一の進学校へ入学できたのである。  ただ高校にも同じ中学の生徒が少人数ながら居たので、裏で奴らには「瀬戸内海でアナゴの餌になりたくなかったら、余計なことしゃべるんじゃねえぞ」と因果を含めておいた。  中にひとり「アナゴとは一体どういった魚でしょうか?」等としつこく聞いてくるガリ勉のオタクがおり、思わず手が出そうになるのを必死でこらえ、わざわざパソコン室に連れていきGoogleで画像検索してやったりもした。奴の満足そうな横顔を思い出すと今でも鳥肌が立つ。
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