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トーストにマーマレードを塗りながら、唐突にそんな事を言い出すので、思わず緑は母親の顔を覗き込んだ。「えっ、うん。でも、元はと言えば濡れ衣なんでしょ」
「そう、そうなんだけどね……」杏子はバターナイフの動きを止めた。「実は裏でお爺ちゃんが手を回していたらしいの」
「え?! どういうこと」
杏子はこめかみを指で押さえながら顔を歪める。「二日酔いで頭痛いんだから、そんな大きな声出さないでよ」
杏子によると、慶一郎は警察官僚時代の人脈を使って、修一の刑が軽く済むよう奔走していたらしい。警察関係者の客がそんな話をしているのを店で聞いてしまったのである。
「それって何か意外だね」
あんなに親父を責め立てていたのに、人格を全否定するような言い草だったのに。
「まあ、私やあなたの事を案じたんだとは思うけど……」
「なるほど、娘と孫の為に仕方なくか」緑はスクランブルエッグをスプーンで口へ運んだ。
「でもこの話聞いたとき、急に何もかもが虚しくなったっていうのかなぁ、もうどうにでもなれって感じになっちゃって」
「えっ、なんで?」
杏子はトーストをかじり、「だって修一さん、何もしてないんだもの」咀嚼しながら答えた。
「でも実刑とか食らうよりマシじゃない? 不幸中の幸いみたいな」
「違うのよ」杏子はコーヒーを一口飲んだ。「そりゃあ、お爺ちゃんが私や緑を思ってくれるのは有難いことかもしれないわ。けど、そんなことが出来てしまう世の中自体、やっぱり何かおかしいでしょ。争点がずれていて馬鹿馬鹿しいというか」
ゆっくりソーサーにカップを戻すと、グラニュー糖を追加した。
「そもそもが、やってもいないことなのよ。それを人脈使って減刑するって、何なの?」杏子は首を傾げながら肩をすくめた。「本質とは別のところで世の中が動いているみたいで、気持ちが悪いわ」
緑は味のしないスクランブルエッグに塩を振りかけた。杏子の気持ちも分からなくはなかったが、今更社会に公正さを期待するのは難しいように思われた。
「まあ確かに訳の分かんない世の中だよね」
「余りにも世の中が複雑になり過ぎたのかもしれないわね」
複雑でなかった頃を知らないが、切実な母の声を聞いていると、緑自身そんな気がしてきた。「そうかもね」
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