第3章 路上

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 ハローワークや買い物の行き帰りでは、団地の階段を上り下りしながら、近隣住民との対面を恐れた。まともに対応する自信がなかったのである。平静を装っているつもりでいても、大抵相手に不可解な顔をされる。何か忌まわしきものでも見たが如く、一瞬にして相手の顔色は曇ってしまう。修一は、もう既に自分は人間ではないのかもしれない、と感じていた。人と同じ空間にいることが苦痛で堪らなかったし、人の視界に入るだけでも居心地が悪かった。  気付くとホームレスの群れが動き出していた。代表の説教が終わり、ようやく食事が配られ始めたようだ。修一も慌てて足元の青いボストンバッグを肩に担ぎ、行列に従う。  特大の寸胴が八つ並んでおり、周辺に湯気と旨そうな匂いが漂っていた。頭に赤いバンダナを巻いたマスク姿のおばさんが、丼型の白い発泡スチロール容器におたまでよそってくれる。  この日のメニューは、定番の雑炊であった。様々な野菜と卵が入っている。立ったまま知らない人達と焚き火を囲む。皆、黙々と食べていた。修一はプラスティックの杓文字を口へ運び、手の甲で鼻の下を拭った。――寒いところで暖かいものを食べると、鼻水が垂れてくるのは何故だろう……。顔を上げると、白いものが舞っているのに気付いた。風に吹かれて漂う雪が、あの日の記憶を呼び覚ます。  二月の終わり頃、いつものように杏子はパートへ、緑は学校へ行っており、ハローワークから戻った修一はひとり部屋にいた。  洗濯物を干してしまうと、後はこれといってやることもなかった。何となく習慣でテレビのリモコンに手が伸びる。再放送の二時間ドラマ、時代劇、情報バラエティ、通販、順番にチャンネルを変え続けてみるものの、これといって興味の湧くものはなかった。ザッピング三往復目に、何となく情報バラエティで止めてみる。  また川にアザラシが現れたらしい。  《「ということで今回淀川に現れたアザラシなんですけれども。えー、ところで皆さん、一昨年にもアザラシが発見されたのを覚えておいででしょうか?」 「えっと……やまちゃん……でしたっけ」元水泳選手の女が答えた。
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