第3章 路上

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「はーい、そうなんです。えー、映像出ますでしょうか……。えー、はい、こちらが一昨年、大和川に現れた『やまちゃん』ですね。という訳で今回のアザラシは、もしかするとあの『やまちゃん』なのか? 非常に皆さん気になるところですよね。その辺りを当番組で検証してみました。えー、こちらのフリップをご覧ください。二匹の顔をアップにした画像なんですけれども、皆さんから見て右側が『やまちゃん』、そして左側が今回淀川で発見されたアザラシです。どうでしょう皆さん、違いは分かりますでしょうか……」  経済評論家の五十絡みの男が短い首を捻る。「う?ん、微妙ですねぇ」 「髭の辺りに注目していただきたいのですが……」 「あっ、『やまちゃん』の方が多くないですか? 髭の数」元水泳選手の女が声を上げた。 「はーい、実はそうなんですねぇ。ではその辺りについて、本日はアザラシの生態に大変お詳しい関西獣医畜産大学の島木教授に来て頂いております。先生本日は大変お忙しいところご足労願いまして、誠にありがとうございます」 「あっ、どうも」小太りで丸顔の教授が軽く会釈をした。彼自身、何処となくアザラシに似てなくもない。 「一昨年大和川で発見された個体の方はですね、アゴヒゲアザラシでして、まあその名が示すように髭の多いのが特徴なんですわ。一方先日淀川で発見された個体は、ゴマフアザラシのようです。ちょっとこちらの写真では頭の部分しか映っていないので分かり難いんですけれど、背中に胡麻斑と呼ばれる黒いまだら模様があるのが特徴でして……」》 「淀川の『よどちゃん』か……」修一はひとり呟いた。  司会者もコメンテーターも教授も、みんな必要とされスタジオに集っている。彼らにもアザラシにも需要がある。存在価値も存在意義もある。しかし修一には何もない。誰からも必要とされていない。何の付加価値も生み出すことが出来ない存在として、これから死ぬまで恥を晒し続けるのだろうか……。  悲しくなってきてテレビを消すと、部屋の中はまた静まりかえった。なんとなく勢いで炬燵から立ち上がってみたものの、特に目的はない。その場で立ち尽くしてしまう。  ――ともかく何かをしなければ……。
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