第3章 路上

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 ボストンバッグに衣類を詰め込み、家の中をゆっくり眺めながら歩いた。玄関で靴箱の上に飾ってある写真立てに目がとまる。幼い緑と若い杏子、そしてまだ目に光が宿っていた頃の修一が同じフレームに収まっていた。緑が小学二年生のとき、ゴールデンウィークに家族で行った京都、金閣寺を背景に撮った写真である。抜き出してジャンパーの内ポケットに仕舞った。  埠頭のフェリー乗り場まで一時間程歩き、坂松発神戸三宮行きのフェリーに乗った。それから修一は一週間ほど関西地域を放浪し、ここ大阪へ辿り着いたのである。  修一は雑炊を食べ終えると容器を回収袋へ捨てに行き、すれ違うボランティアの教会関係者に頭を下げながら公園を後にした。  日暮れが随分と早くなっているようだった。天候のせいもあるのだろうが、まだ五時前なのにやけに暗い。ジャンパーの襟を立て、商店街など極力屋根のある所を歩き、風雪を凌ぐ。アーケードの中で女に呼び止められた。マーケティングリサーチの路上アンケートである。十分ほど拘束されて質問に答えると、謝礼として図書カード五百円分を貰った。これを金券ショップで捌けば四百円くらいになる。修一にとって路上アンケートは大切な収入源のひとつであった。  難波に出て千日前通りを歩く。ここは相変わらず平日でも人通りが多い。すれ違う人々は皆一様に白い息を吐き、街路樹を彩る青い電飾が、その寒さに拍車をかけている。 「青さん!」  後ろから声をかけられて振り向くと、横山がカレー屋の前に立っていた。並んで歩く。 「教会の炊き出しの帰りっすか?」  カレーの匂いがした。さっきの店で食べたのだろう。 「うん、まあね」 「俺、あそこは待つのが辛いんで、最近はパスしてんすよね」  横山もまた路上生活者である。年齢は三十三で年下なのだが、この道では大先輩にあたる。大阪に流れ着いてまだ間もない頃に横山と出会えたのは、修一にとって幸運だったのかもしれない。慣れない生活環境に疲れ果て、所持金も殆ど底をつき、茫然自失で街を徘徊していたとき、横山は上の前歯が二本欠けた満面の笑顔で話しかけてきた。 「自分も同じ立場なんで、なんか困った事とかあったら、気軽に連絡ください」  そう言って携帯番号とメルアドを教えてくれた。横山は一目でこちらの境遇を見抜いていたようだ。
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