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しかし修一は、横山が自分と同じ立場だと俄かには信じられなかった。というのも前歯こそ欠けてはいるものの、服装には清潔感があったし、またホームレスには似つかわしくない精神的余裕のようなものを漂わせていたからだ。それ故、最初の頃は横山に対して警戒心を解くことが出来ず、失礼にならないよう気を付けながらも、少し距離を置くようにしていた。
ただそれでも連日のように修一を発見しては、
「どおっすか、調子は」
「ちゃんと飯食ってますか? これ良かったらどうぞ」などと言って、賞味期限が一日二日切れたおにぎりやパンをくれた。そしてこの時、そういった期限切れの食品などを、破格の値段で販売する露店があることを教わった。
次第に打ち解けていったふたりは、一緒に炊き出しに参加したり、行動を共にすることが多くなっていき、この九ヶ月の間、修一は横山から路上生活のノウハウを色々と教わったのであった。因みに路上アンケートで稼ぐ方法も横山から伝授されたものである。
「でもぶっちゃけ、なんだかんだ言っても、見た目が一番大事っすよ、あと臭いも注意した方が良いっすね」
横山曰く、外見や臭い等でホームレスの属性を身に付けた途端、世界の見え方が一変するそうである。つまり逆に言えば世間からの見られ方が変わってしまうのだ。その瞬間、社会は修一たちを異物とみなし始め、排除する方向へ動き出すという。要するに、店で買い物や食事ができなくなったり、図書館などの公共の施設に入れなくなったりして、まともな社会生活を営めなくなるのである。
「飯代と宿代節約しても、定期的な洗濯と風呂だけは死守、これ現代の路上生活においては鉄則っす」
これを疎かにすると、負のスパイラルに巻き込まれてしまい、抜け出すのは難しいと横山は言う。
ふたりは千日前通りを進み、日本橋の交差点で堺筋に入り北上した。道頓堀のでかいカニを横目に見ながら、黒く狭い川を渡り、林立するビルに沿うように黙々と歩いた。
修一は、最前からすれ違うカップルがチラチラとこちらを見ていることに気が付いた。
「ねえ、横山君、……お互い少し離れて歩いた方が良いかもしれない」
「えっ」
「時節柄、誤解を招きかねないからね」
「あっ、今日はクリスマスイブなんすね! この糞寒いのに人出が多いと思ったら、そういうことか」
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