第1章 発端

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 ――うちみたいな小さいとこは技術では大手に敵いません。この不況の中を生き残ろう思うたら、他社が真似できんようなやり方で生産性を上げるしかないんです。危なくて他人がやりたがらんからこそ価値がある。そういうものほど利益につながる。これは全ての仕事に共通する根本原理や思います。給料貰っている以上は、みんなプロの技術者です。その自覚と責任を持って取り組んでください。ミスったら死ぬかもしれん、それくらいの覚悟で根性いれて集中しとったら、普通はミスなんかせんはずなんです――と。  しかしというか、やはりというか……、まあ起るべくしてであろう、ミスは起ってしまったのだ。 「そもそも派遣やいうたらその為におるんちゃうんか、えー」  修一は返す言葉もなくハイライトの先端を見つめていた。 「でものう、一応建前としては管理者責任ちゅうもんを問われるわけや」梶原は徐に煙草を持つ手を伸ばすと、重厚なガラス灰皿の淵で叩くようにして、灰を落とした。 「どうや……話が見えてきたか」  言いながら相好を崩す。 「つまりそこでお前の登場やないか、えー。こういう時に備えてお前がおるんや。ここで恩返しをしてもらわな寸法合わへんが」  実際のところ修一にも話は見えつつあったが、そうでない可能性を、まだ希望的観測として残しておきたかった。 「……いや本当に、僕もまだまだ半人前ですけど、会社の期待に応えるためにも、一日でも早く一人前の技術者になって――」 「ええか!」梶原が話を遮った。「……全部、お前がやらしたんや」  素に戻った黒い顔が息の掛かる程間近に迫り、煙草の臭いがした。 「会社の命令を無視して、独断でお前が派遣にやらしたんや」  梶原はゆっくりと体勢を戻し、パイプ椅子の背凭れに体を預けると、旨そうに煙をくゆらせながら、手元にあった白い紙を滑らせてこちらへ寄こした。 「それ一応頭に入れといてくれ」  虚ろな目をした若者の写真が左上に貼られていた。暗く表情の無い、初めて見るやや面長な顔。死んだ派遣社員の履歴書だった。二十八歳。こんな顔だから派遣社員になってしまうのか、派遣をしているとこんな顔になってしまうのか。卵が先か鶏が先か。その顔は修一に似ているようにも思われた。右下の家族欄にはぽつりと母親の名だけが記されている。 「あののう」  梶原の声に修一は顔を上げた。
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