第1章 発端

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 そんな中、実況見分は淡々と進んだ。隣には、本来なら当事者である田代班長と梶原工場長が付き添っており、修一が分かろうはずもない事故当時の状況を補足してくれる。 「いや刑事さん、このNC旋盤とロボットは協調して動くんですけど」田代はロボットアームの前に立ち、ちらりとこちらを一瞥した。「基本的にロボットの可動範囲は立ち入り禁止にしておったはずなんですがね」血飛沫で施された斑模様を訝しげに眺め、首を傾げる。  修一は開いた口が塞がらなかった。  この鮫島金属加工の工場では、高速で稼働中のロボットを器用にかわしながら、素材を補充したり、旋盤の刃物やロボットハンドに絡みついた切子を除去したりするのが、常態化していたのだ。一度梶原に意見したときには、「お前は何のために毎朝ラジオ体操しとるんや!」と一喝されたことすらある。とにかく生産性を高めることが何にもまして優先されていた。  勿論それでも梶原は田代の建前を受けて、 「青山君! 君は経験も知識もない派遣社員の高砂君に一体何をさせていたんだ!」と迫真の演技を見せる。 「す、すみませんでした……」修一は事前に打ち合わせた通りに答えた。  しかしながら、実況見分での芝居掛かったやりとりに警察がきな臭さを感じた為かどうかは分からないが、鮫島金属サイドの『全責任をひとりの社員に擦り付けよう』という思惑は失敗に終わったようだ。修一が問われた刑事責任は、労働安全衛生法違反という極めて限定的なものであり、罰金五十万円で済まされたのである。  ただ会社側は修一を懲戒解雇とした。そうすることで被害者家族の怒りの矛先を少しでも会社から逸らせようと考えたのだろう。一番悪いのはアイツなんだよと。  こうして無職及び前科という新たな負の勲章を手に入れた修一は、ほどなくして義父に呼び出された。杏子の運転で一旦中学校へ寄り、授業終りの緑を拾って、家族全員で妻の実家へと向かった。  広いダイニングキッチンでテーブルを囲み、正面に座る義父がしばらく無言で修一を見つめた後、徐に口を開いた。 「青山君……、なんでこんな事になってしまうんだろうね」  修一はその諦めの籠った問いかけに、ただ謝るより他に方法が見つからなかった。 「はじめて挨拶に来たときの君は、そんな風ではなかったじゃないか」  あれは十一年前、最初に就職して間もない頃。 「当時の君は体中から自信がみなぎっていたよ」
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