第1章 発端

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 しかし実際に働き始めると、修一のやろうとする事はことごとく現場からの反発を受けた。安全工学の分野で博士号を持つ修一にとって、些細な人為的ミスが重大な事故に繋がらないようにするシステム設計、即ちフェイルセーフなシステム設計は基本中の基本、原則とも呼べるものである。それだけに会議における現場責任者の、 「そないなもん、間違わんように気をつけたら済む話じゃ」といった言い草は、決して看過できるものではなかった。 「人間とは本来ミスを犯すものであって、それは本質的に避けられない事なんです。勿論、工夫や努力によってミスを減らすことは可能ですし、それはとても有意義なことだとは思いますよ。しかしここで重要なのは、『根絶することができない』という点です。つまり作業員の安全確保を最優先にするのであれば、人為的ミスを前提として、些細なミスが重大な人身事故へと繋がらない仕組み作りが、必要不可欠だと言ってるんです」 「お前、現場の作業者なめんなよ!」職長の袴田は怒りを露わにした。「わしらもプロぞ。そがいな半端な仕事するか!」  まったく話が噛み合わず平行線を辿り続ける中、業を煮やした様子で取締役常務鳥飼が口を挟んだ。 「まあまあ、青山君の言わんとするところも分からんではないが、現場には現場のやり方もあるやろうし……、ここはお互い歩み寄って、これまで以上に気を付けて、慎重に作業するゆうことでええんちゃうか。のう、袴田君」  修一は口を開けたまま呆然と、しばらくこの禿げた初老の男を眺めていた。  一体この提案のどこがどう歩み寄っていると言えるのだろうか。何も解決などしていないし改善もされていない。結局これまで通りの精神論ではないか。しかしよほど波長が合うのだろう。袴田と鳥飼は意気投合し、話を弾ませていた。  結局、どれだけ専門的な知識があろうとも、硬直化し、思考停止した組織の前では歯が立たないのであった。その後も修一の意見は無視され続け、日を追うごとに社内で孤立を深めていった。
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