第1章

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今日も俺が作るのか… ため息が出た。 同棲6年のみゆきは、バリキャリ。俺は、町工場の工員。みゆきは俺より朝早く家を出て、深夜すぎに帰ってくる。だから、俺が夕飯を作る。それが暗黙の了解となっている、苦痛。 俺、どこで人生間違ったかな。 ダメだ、これ考えたらダメなやつだ。 俺の頭に自動的にもやがかかる。 スーパーで手に取った玉ねぎには、名前がついていた。 「しあわせの玉ねぎ」 一枚一枚むいてください、という注意書も。 俺はその紫色の玉ねぎをかごに入れた。頭にかかったもやを、その鮮やかな紫が吹き消してくれるんじゃないかという淡い期待を抱いて。 帰宅し、きちんと手洗いうがいして、キッチンへ。 エプロンのヒモを後ろ手に蝶結びしながら、そんな自分の生真面目さが嫌になる。 ワーキングクラス、なめんな。 こんなときは、手を動かすに限る。 何を作るかも決めないまま、玉ねぎの端を切った。 紫色の玉ねぎは初めて買った。紫と白の年輪があらわになり、俺は目を細めた。 一枚ずつ、むくんだったな。 ぺりり。 夕飯作るのをサボったところで、みゆきは文句ひとつ言わない。メガネの奥の目をしばたいて、「いつもごめんね、のぼる」って言うんだ。 ぺりり。 ふと、思い出だす。 そうだ、みゆきとつきあうきっかけは、野菜だったんだ。 ペりり。 まだ友達だったころ、初めて二人で港の見える丘公園に行った。 広場で外国人の大道芸師が、海賊が持っているようなナイフ三本と大根を持っていた。 ぺりり。 ジャーニーと名乗ったそいつは、俺とみゆきを指して言ったんだ。 「カッポーですか?」って。 ペりり。 俺はドキドキしながら「はい!」と答えた。横にいるみゆきの顔は、恥ずかしくて見られなかった。 ペりり。 俺はその大道芸の犠牲者になり、地面に寝させられた。頭上で、ジャーニーが刃物の切れ味を試していた。大根で。 ぺりり。 詳しく覚えていないけど、全てが終わった後ジャーニーが大根の半分をくれたんだ。 その大根を持って、おしゃれなデパートの中をふたり歩いた。 ぺりり。 そのときのみゆきは、すごく嬉しそうだった。 「その大根、どうする?」って俺に聞いたんだ。 ぺりり。 「俺、料理得意なんだけど、うちくる?」
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