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おじさんに頼み込まれ、父の浴衣を母に着せてもらった。僕と父は体型まで似ているから、紺色の浴衣はぴったりと僕に合った。
河川敷に向かうのだと思って、マンションの廊下を歩き出した僕だったが、あまり早く歩いてはおじさんが辛いだろうからと思い、速度を緩めた。
「人混み、大丈夫なんですか?」
隣に並んだおじさんに話しかけると、おじさんはなぜか意味深に微笑んだ。その手にはよく冷えているらしい、缶の表面に水滴が浮かんだビールを持っている。
「それ持っていくんですか? っていうかいくら近いからってそれ一つだけ持って行くってどういうこと……ってどこに行くんです?」
おじさんはマンションの階段を登っていく。どういうことだろうか? もう花火は始まってしまうのに。
「その先って、屋上? え、屋上から見るってこと?」
「そうそう」
「僕が浴衣着てきた意味って」
「えー? おじちゃんに見せてくれるためだろ?」
「……っ」
心底嬉しそうに笑わないでほしい。こんなの、僕の気持ちを弄んでいるようなものだ。調子のいいことばかりを言うおじさんに腹が立つのに、その笑顔に胸が高鳴る。
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