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浴衣で階段を登り難そうにしていた僕に、おじさんは手を差し出した。最近僕が支えてばかりだったのに、今日は逆だ。それは照れくさくて、でも嬉しい。僕は素直におじさんの手を握った。
「ここのマンションそんなに高くないですよね。見えるんですか? どうせなら近くに行った方が良くないですか?」
「いいからいいから」
久しぶりに聞く、おじさんの弾んだ声。足取りも軽い。そんな軽やかさだけを見ていると、とても死期が迫っているようには思えない。繋ぎ止められたらいいのに。
自然と、握る手に力が入った。
「本当は屋上出入り禁止なんだけどさ、この花火大会の時だけ開放してくれてるんだ」
「そう、なんですか」
外からドンドン、と音が聞こえてきた。花火大会が始まったのだろう。
「お、始まったな。ほら凪。ここ跨げるか?」
屋上に出るのには少しの段差がある。おじさんに手を借りて跨ぎ、屋上に出た。涼しい夜風を感じながら顔を上げると、真正面に花火が打ち上がったところだった。
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